1年ほど前にバラについてのエッセイを書いた。それをさる女性が読んで「私が書くとしたら、100万本のばらに囲まれたらどんなに気持ちいいか、というようなことを書くわ。あなたのはよく調べてあるけれど学生のレポートみたい。」
石川理夫「温泉でなぜ人は気持ちよくなるのか」を読む。
温泉の文化史に興味を持ち、国内外の温泉取材を続けているルポライターらしい。
エピソードの一つ一つは面白く、なるほどと思わせる説明が多い。
「1リットルの中に45.2mgの鉄分が含まれていた。これは温泉か。」
温泉の定義に驚く。温泉法によると次の二つの条件を満たせばいい。
1温度(温泉源から採取されるときの温度とする)摂氏25度以上
2物質(以下に掲げるもののうちいづれか一つ)
ここは沢山あり、例をあげると
フェロ(鉄)またはフェリイオン(Fe2+,Fe3+) 1キログラム中10mg以上。
地中の水は1000メートルを越えれば温度は40度以上になる、それに何かは溶けていることを考えれば、大抵のところで温泉は得られるようなのだ。また鉱泉というのは温泉法以前に「人体に治療効果のあるような特殊な水を「鉱泉」となづけた」そうで、温泉である場合もそうでない場合もあるという。
温泉人口や温泉施設の増加は温泉の態をなさない温泉が増えていることも見逃せない。その結果温泉源が枯れてきてしまうのだ。仕方なく循環湯が増えている。温泉法では温泉の成分等の掲示を求め、違反者には罰金や免許取り消しの罰があるとしているが、毎分あたりの湧出量や自然湧出なのか掘削自噴なのか動力楊湯なのかの記載をする必要はない、という。さらに水で薄めた温泉も多いらしく、ある報告によれば「昔分析した温泉の分析値に比べて、どれも顕著に水に近づいていた」(138p)
この辺は本書にはないが、レジオネラ菌問題と関連し、詳しい記述の欲しいところである。
最後の混浴の話も面白かった。テレビの温泉番組の影響で今若い人の間では無料露天風呂に「水着を着ていくのはあたりまえ。」の風習が広がっているとか・・・・。
ただ、ふと著者はどのくらい温泉を愛しているのか疑問に思わないでもなかった。
肝心の温泉でなぜ人は気持ちよくなるのか、の答えが脳にアルファー波を生じるなど幾つかの定性的説明だけで、あまり書いていないように思う。
長期療養するお年よりはともかく、普通の客はせいぜい1泊か2泊するだけだから、薬効はきたいしていない、と見るべきだ。お湯の効果はせいぜい体を温めるだけだ。ニオイをいう人がいるが、それならニオイ発生器でもつけておけばいい。温まるというその一点について温泉とお風呂は同じだ。
気持ちよくなる仕掛けは・・・・?やはり演出だ。
同じ湯で内湯と露天風呂では違うし、上からかけてもいいし、塩をいれて死海風と気取っても言いし、ちょっと温めてサウナにすればそれはそれでいい。そして周囲の雰囲気だ。自然があればそれを整備し、なければ代替を作ればいい。宿の設備や食事だって重要だ。そういったものが渾然一体となって、人をリラックスさせ、温泉を気持ちいい,と感じさせる。ついでに言えばリラックスさせる決め手はお相手だ。しかしそればかりは温泉が用意するわけには行かぬようだから、逆にいろいろな顧客にあった温泉設備はできぬものか。一人物用、老人用、病人用等々。この書にもそんな視点が欲しかった気がする。
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