昼ころ子供の頃からの友人Kさんのところに行く。まれに見るくらい穏やかで暖かな正月。庭の芝生にテーブルをひろげ、ビールを飲みながらKさん夫婦と世間話。
奥さんはKさんと結婚したころ専業主婦だったが、なかなか優秀で、そのうちに通訳の試験に合格した。その後、日本に来る外国人の世話をするある公的機関に就職、なかなか忙しいらしい。今年、Kさんは米国のX市で働くことになり、あちらに単身赴任する。しかし奥さんは仕事で、ヨーロッパの某国からくる使節と一緒に2,3ヶ月屋久島だの北海道だの旅しなければならぬ、という。
「お忙しそうですね。」と言うと、奥さんが面白い事をいった。「女の片手は家庭、もう片方は自由、だから楽なものよ、でも男の人は一家を支えなければならぬから大変!」
この言葉は言いかえれば一家の家計は大抵夫の収入で支えられ、妻が稼いでも、その分はたいてい小遣いとして使える、というような言葉を示しているらしい。
しかし私はおやっと思った。1週間ほど前に読んだ本に書いてあった「女は両手で、男は片手で恋をする」と相反するように思えたからだ。
こちらの方は女は受容することに喜びを覚える。しかしそれは自分が信頼できると感じた相手に対してのみである。認めない男にそのような行為をされると気持ちが悪いだけである。さわられてセクハラと嫌がるのは女で、男は一般にはそうではない。
しかしそれだけに女は恋には全身全霊で向かう。一方男は一方で仕事と言う別の社会があるし、彼女は好きだが、彼女でなければならぬと言うことでもない。それに一般的には結婚によって女性の運命は大きく変わる。男は変わらぬケースが多い。その結果男は片手で恋をする感じになるのかもしれぬ。
考えているうちにそうか、これは奥さんの言葉は結婚した後、本に書いてあった言葉は結婚する前の言葉か、などとも思う。さらに考えているうちに、どちらも男が一家をささえ、女が嫁に行くという古い考えに立つものかも知れぬと思い出した。
「最近の女性は夫の条件に3Cをあげるそうだ。Comfortable, Communicative, Cooperativeだそうだ。しかしそんな男がいるわけがない。」
そういったら奥さんが「そんなことないわ。そういう男でなければ一緒にならなければいい。」そして「結局自分で稼いでいるかどうかが重要なのよ。」
ああ、なるほどこういう生活スタイルなら「女の片手は家庭、もう片方は自由、だから楽なものよ」なのか、女が逆に男を養う可能性もありか、などと思ったりする。そうなると「男は両手で、女は片手で恋をする」時代が来るかも・・・。
しかし考えてみれば3C要求は男にも当てはまる。
見目麗しくて、やさしくてとってもComfortable、夜は全面協力でやさしく受け入れてくれてとってもCommunicative、炊事・洗濯すべてばっちり、作るものはおいしく、副収入があれば夫の口座にずぼんとふりこんでくれる、とってもCooperative・・・・・いればいいけど、いるわけないよな。演歌の世界!
時代は変わった!3CについてガールフレンドのAさんの意見。「今は女が強くなりすぎているきらいがあるのよ。男がその分いじけている。大体、学校て女はアルバイトなどで日々を過ごしていてもチャンスはあるけれど、男は一人前でないみたいに言われ、家にもいづらくなる。」この言葉に限ればAさんは力強い「弱き男の味方」だが、全体的には逆なようで、その辺のお説の紹介はまたの機会に・・・・。
ただ、本来結婚は思いやりや相手の幸せを考える事が重要で、それが円満の秘訣だと思うのだけれど、一方的な3C論は結局は「両手で自分の幸せ」しか考えていない!
追記
私は3C男などいるわけない、などと言ったが考えてみると私の娘の二人の夫、それに息子、みな私よりずっと奥さんに3Cだ。もっともその私だって父よりはずっと奥さんに3Cだったつもりだが…・。男の3C化は男が弱くなった象徴のようにも見えるけれど、時代の流れかもしれぬ。嘆くべきか、喜ぶべきか。
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