1966年の映画「男と女」のDVDを借りてきた。クロード・ルルージュ監督、主演男優はジャン・ルイ・トランテイニャン、女優はアヌーク・エメー。
このように古い映画を借りてきたのは、実はパソコンを新しくしたからである。新しいパソコンはDVDを映すことが出来る、というので確かめて見たかったからだ。
ビデオ版と違ってDVD版ではいろいろ工夫されている。
会話が英語とフランス語(1)と(2)で聞けるようになっている。
字幕はオフ、英語、スペイン語、ポルトガル語、日本語、中国語、タイ語、インドネシア語から選べるようになっている。
物語を20のチャプターにわけている。ビデオのように好きなところに飛んだり、まき戻したりするわけには行かぬが、チャプター単位で前後に行く事が出来る。
レーサーで事故を起こし、そのために妻に自殺された男と、スタントマンの夫を目の前で失った女。北フランスのドービルにある子どもたちの寄宿学校が同じだったことで、二人は知り合い、次第に惹かれあい、恋に落ちてゆく。過酷なモンテカルロラリーが終った後、男のもとに届いた女の電報。「あなたを愛している。」二人はついに結ばれるが、女はなくなった夫の事を思い出し、今ひとつのめりこめず、一時の情事が終ると別れをつげ列車でパリに向かう。取り戻そうと、男は車でパリに向かう。
カラーとモノクロが入り混じっている。女の過去の回想シーンはカラー、男といる現在がモノクロ、男の過去の妻の姿はカラーとモノクロ、女といる現在はカラー・・・・。
ダバダバダバダの華麗な音楽と共に見るものはいろいろと想像をめぐらせる。
道徳的に見ると、おや、と思う映画だ。男は病院の妻の気持ちを考えず、女を追い求めるし、女は男の妻に対して悪いということではなく、なくなった夫との比較で悩む・・・。
しかし実に洒落ている。御伽噺と見ればいいのかも知れない、などとも思う。
本編のほかに「37年後クロード・ルルージュ監督と共に」、「ドキュメンタリー「男と女」」、「オリジナル劇場予告編」、「受賞暦」がついており、作品の理解を深める事が出来る。本編と共にこれらは見たいものを選べるようになっており、DVDならではである。
「37年後クロード・ルルージュ監督と共に」に、疑問の答えが出ている。
「全部カラーで取るだけの金がなかったから、屋外はカラーで、屋内はモノクロで撮った。」
「映画は私の理想の夢の世界であり、幻想である。」
この監督は1937年、パリで生まれた。子どものころから撮影に興味を抱き56年から16ミリの短編映画などを撮り始め、60年のL'Amour avec des siでデビュー。「男と女」を作ったときは弱冠29歳である。製作も撮影も彼自身がこなした。ドキュメンタリーでは監督自身が車に乗り、レース車の撮影をしている様子が映しだされている。他の撮影場面では彼の叱咤が次々にとんでいる。
さらに監督の打ち明け話や主張が続く。
「このとき配給会社がみつからず、破産寸前だった。車をのりまわして疲れ果てたある朝、ドービルで犬と子どもと共に浜辺を歩く女性を見て感動し、一ヵ月半で脚本を書き上げた。男はトランテイニアンを思い浮かべて書き、次に相手役としてエメーに目をつけローマに追いかけて説得した。投光機もなく、器材も肩乗せタイプ、しかも手っ取り早く作らなければならず、撮影は3週間で済ませた。」
しかしこの作品は、カンヌ映画祭グランプリなど各賞を受賞、大ヒットとなった。
「私はおおもうけで、おかげでこれまで自由に作品を撮る事ができた!あのヒットがなかったらせいぜい数作品で終っていたろう。」
その中にはなじみの深い「愛と哀しみのボレロ」、「白い恋人たち」などがある。
最後に監督は役者にセリフを覚えさせることをしないらしい。基本となるセリフはあるが状況をよく説明し、役になりきり、一人の人間として演じてもらう。音楽は撮影前に録音し、役者によく聞かせる。「俳優には操り人形になってほしくない。」という言葉が、エメーの「女優は役者である前に一人の女である。」という発言と共に印象的だった。
1966年といえば私はまだ大学院生だったころ、そのころを思いながら、監督や女優の回想と共に映画を見る・・・・見落としてきた青春をもう一度楽しむみたいに・・・・悪くないでしょう。
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