箱根に行くなら「初花」と最初に目をつけたのは、亡妻の美保子である。巣雲川沿いにある細い道を入ってゆくから、車の運転に細心の注意が必要。しかしとろろを十分に入れて練り上げたそばはきりりと冷えて実においしい。大正15年の開業とかで、初花は歌舞伎「箱根霊験いざりの仇討ち」の貞女初花からとったとか。
飯沼勝五郎は、父の仇を探して旅をしているうちに足の病気にかかって歩けなくなる。妻の初花は、箱車に夫をのせて箱根の湯治に訪れ、夜な夜な滝に打たれて病気回復を祈る。そのかいあって、勝五郎は天正18年(1590)にみごと敵討ちをはたす、このとき足はすっくとたった、という話で歌舞伎の十八番。
今日は、私自身の足が少々心配。3日前に医者の勧める靴の中敷をつけたのだが、なれないのか、膝を曲げるといたく、さらに夜横になると足がうっ血するような感じで痛くてたまらない。運転は、負担は低いがそれでも足先が疲れる感じは否めない。
予約した「桐谷箱根荘」に入るには時間があるので、138号沿いにある「ガラスの森美術館」に車を走らせる。ここは「うかい鳥山」などの高級日本料理で有名な鵜飼グループの経営。園内にはヴェニスを思わせる細い川がながれ、その左右に瀟洒な白い建物が幾つか並び、中にはヴェネチアン・グラス等がずらりと展示されている。
ヴェネチアン・グラスは古代ローマ時代に始まり、ヴェネチア共和国の発展と共に栄えた。工房は当初はリアルト島、後にムラノ島に集中していた。16世紀後半に最盛期を迎えたが、イギリスの鉛クリスタルグラスの発明、神聖ローマ帝国のボヘミアングラスの育成にヴェネチア共和国の解体が追い討ちをかけて衰退していった。他国にはまねできなかったといわれる色ガラスなどの技法がさえ、しばし幻想の世界にいざなわれる。数年前にイタリア旅行の折ムラノ島を訪れた事があり、懐かしかった。
気温が高く初夏の陽気で気持ちいい。庭ではサン・マルコ広場で演奏している、という燕尾服の男二人がヴァイオリンとアコーデイオンの腕前を披露すれば、時間をおかずカフェでカンツオーネの歌声。なかなかあきさせない。
さらに仙石原の「ポーラ美術館」へ。こちらはポーラグループの創始者鈴木常司(1930-2000)が40年余にわたって集めた美術作品を展示したもので、2002年にオープンしたばかり。19世紀フランス印象派やエコール・ド・パリなどの西洋絵画400点余りが中核で、日本の洋画、日本画、陶磁器、ガラス工芸なども展示されている。美術館の建設に際し「箱根の自然と美術の共生」をコンセプトにしたとかで、建物のほとんどを地下において、総ガラス張りのしゃれた美術館が森の中に溶け込むような感じである。しかし足の痛みはなかなかで、ついひきずって歩くようになってしまう。
「桐谷箱根荘」は、大分古くから営業しているらしい。部屋の向かいがヒノキ風呂の温泉。夕べのように足が痛くて寝られないから、夜半、床を抜け出し、温泉に何度も入る。大涌谷から直接引いているという硫黄の白濁する湯で、温泉らしい温泉。源泉が62度あまり、PH2.9、珍しくあの東北の玉川温泉のように酸性温泉でマグネシウムカルシウム硫化物塩化物温泉とある。1キログラム中に約1000mgほどの有効成分を含むが、450mgくらいが硫酸イオン。効能書きに関節痛、肩のいたみなどずらずらならべてあるが本当なのだろうか。しかし私の病気にぴったり!湯の中で足をそおっとのばすと存外痛みがはしらず、気持ちがいい。おかげで比較的よく眠れ、気持ちの良い朝を迎える。
帰りは別のコースをとろうと乙女峠のトンネルをぬけ、御殿場アウトレットによった。横文字のちょっと高級な衣料品店、雑貨店などがずいぶん沢山軒をならべる。アメリカのアウトレット専業メーカーであるチェルシープロパテイグループ、三菱地所(株)、日商岩井(株)の合弁会社が開発したもので2000年にオープン。このグループは、すでに関西のりんくう、佐野、鳥栖などにもアウトレットをオープンしている。人はたいして買うものがなくても夢を追うのが大好きなのだろうか?開いたばかりに入ったが、時間と共に人がどんどん増えてゆく。
足の調子は温泉のせいかそれほど悪くない。箱根の湯の霊験があらわれたのか、それとも中敷に慣れたのか、その辺のところはよく分からない。
追記
箱根行きのおかげで足の痛みはほとんどなくなった。4月に高校同期のグループによる歩く会があるが、参加しようと考えている。後から考えるとやっぱり医者の診断に従って作った中敷が利いたようである。箱根に行ったときは中敷に慣れていなくて足がひどく痛かったが、それが熱い温泉に何度も入ってなくなった、というのが真相だと思う。
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