一昨日からゴールデンウイーク。
町を歩いていてふと思うのだけれど国旗をだしている家がまずない。子どものころ、それは戦後ではあったが一家の必需品であったように思う。文化の日、勤労感謝の日、母は横長の箱に入れた国旗を出し、庭のモチノキに立てかけるか何かして掲揚した。小学校にも当たり前のように国旗が掲揚されていた。しかしそれがいつの間にかなくなった。数年前に父が亡くなったとき遺品を整理したが、国旗は出てこなかった。するといつかゴミにしてしまったのだろうか。最近ガールフレンドのAさんが家を新築した。娘がマンションを買った。どちらのケースでも国旗などという話はつめの垢ほども出なかった。
もちろん私の家も国旗の掲揚などしない。大体あんなものを売っているところがあるのだろうか。だから大きなことはいえない。しかし何となく日本人としての認識であるとか、国家のありがたみであるとか、そういったものを忘れているようにも見える。
最近イラクでの日本人拘束問題でゆれた。彼らは「国民にイラク戦争の実態を知らせるため」だの「人道支援のため」だのいろいろ言っていた。それはそれで彼らの言い分も大義もあるのだろう。しかし国家のため、とは誰も言わなかった。そのくせつかまった後には家族は泣いて記者会見を行い、「海外で日本人が危機に陥ったとき、政府が助けるのは当然。」などという。普段、時には国家に対してむしろアンチな動きをしながら、いざとなったらすがりつく・・・・・。
日本経済新聞に「動き出す憲法改正」という特集がある。今日が2回目だか、出だしにおどろく。ある外交官OBが米国で講演したときの話。引用すると
「・・・・パレスチナの精神的指導者ヤシン師を殺害したシャロン・イスラエル首相のやり方は「いくら何でもひどいのではないか」とコメントした瞬間だった。「ひとりも同調してくれる人はいなかった」イスラエルの国内法は「国家防衛のためのすべての合理的活必要な活動を実施するため国防軍を創設する」とうたい、その国防軍の任務を「国家の生存を守る」「国家主権、領土保全、安定及び発展の対する脅威の排除」「テロ活動の排除」などと明記する。」これを受け「文理上、自衛権の排除をも否定したかに見える日本国憲法とは対照的な考え方だ。」と後半ではのべている。
テレビで人質となり、いまだに解放されないアメリカ人ハミルさんの実家の様子が映し出されている。ハミルさんは南部の小さな町の出身で、牧場経営で失敗、借金を返すために石油会社に雇われ、危険を承知で応募、むこうではドライバーとして働いていたそうだ。番組は「イラク戦争はアメリカ庶民にも影響を与えている。」と結ぶ。しかし私が注目したのは留守宅の様子だ。何本も星条旗をかかげ、黄色いリボンを飾りつけ、ハミルさんの帰国を待っているという。そしてコメントを求められた市民は「危険地域に出かけていった勇気ある行動を誇りに思う。」と話す。
拉致された日本人およびそれを語る日本人と、アメリカ人などの考え方の落差に驚くのは私だけだろうか。
この文章を書いてから町を歩くときに国旗がかかっているかどうかを注意して歩くようにした。神社、一部の商店街、一部の公共機関、それだけが日本国旗を掲げていた。一般家庭ではやっぱりどこも掲げていなかった。
追記
3日のCNNによればハミルさんは自力で脱出した由、よかった。
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