259「心頭滅却すれども・・・・」(5月2、3日(日曜日、月曜日、共に晴れ))


「アメリカ国民諸君、国が何をしてくれるか、ではなく、国のために自分が何が出来るかを問うてほしい」そのまま日本に置き換えるとどうなるのだろう。ニューフロンテイア精神を強調して、昭和36年1月あのケネデイ大統領が43歳の若さで就任した。

同じ年、極東の小国ニッポンのそのまた目立たぬ一地方、山梨ケーンの石和ではとんでもない事が持ち上がった。ぶどう園から突然高温の湯が噴出したのである。毎分1200リットルのお湯が小川にあふれ出し、青空温泉と呼ばれ、市民のみならず県内各地から老若男女が押し寄せた。まるで芋を洗うような盛況であった。以来石和は観光地として発展してきた。弱アルカリ性単純泉、源泉67度、無色透明、無味無臭・・・・効能は神経痛ニリュウマチ、打ち身に疲労回復、美肌などなど。

結城昌治の小説に「仲のいい死体」というのがある。
小説の舞台は「山梨県八代郡腰掛」、甲府駅からバスで20分あまりとある。作品の最後の方で「そのころ腰掛町から10キロほど北の、同じ東八代郡石和町で・・・48度を越える温泉が猛烈な勢いで噴出した・・・」と舞台は石和ではない、と断っているが、モデルであることは明らか。ブドウ畑の持ち主である未亡人と駐在所の巡査の死体が、冬のさなか、お寺の境内でみつかるところから始まる。寺の和尚、旅館の主人、医師、不動産屋などが田舎町で色欲と金欲をむき出しにして作り出すドラマが面白い。
その石和、現在ではホテル旅館が100件、1日収容人員は12000人、医療や健康施設にも温泉が利用されている。小説では温泉が出なくなってもおしまいになるが、実際には出続けているらしく2003年には37年ぶりに新源泉が湧出したとか。

ゴールデンウイークにせめて温泉くらい行こうとウエッブサイトを調べたが、平和な日本、みな浮かれているらしく高湯も草津も水上も湯河原も箱根もどこもかしこも一杯。あいているにはビジネスホテルばかりで面白くもない。その中で「何もなかったところだから、今も何もない石和温泉」だけが少し空いていた。
旅館「喜仙」・・・巨岩をこれでもか、これでもかと積み上げた回遊式の庭園、それを背景にした露天風呂、内湯はなかなか立派である。しかし初期に建てられた豪華旅館なのだろうか、年月と共にほころびが見え初めているのは止むを得ない。

株式市場はお休み、イラクでテロもなし、人質問題も解決、国会も与党が年金法案通過後一幅とあって、テレビが伝えるのは鉄道道路の渋滞状況とプロ野球くらい・・・。
しかしそれを知っているから、朝5時半に車を出す。御殿場でちょっとした用事をすませ、138号をのぼって籠坂峠を越え、山中湖から河口湖、河口湖大橋を渡り名物ほうとうの昼食、御坂峠をこえて石和温泉に2時についた。朝早く出たのは大正解であった。
3日はもう温泉にも入り飽きた、と早めにでて近くの恵林寺経由で先日紹介した411号、大菩薩ラインを楽しんで奥多摩湖経由で帰宅した。

恵林寺は鎌倉時代末期に夢窓国師によって建立された禅寺。1582年にこの寺が織田信長の大軍に包囲され、焼き討ちによって全山ことごとく灰燼に帰した。そのさい炎上する山門楼上で快川和尚が「安禅必ずしも山水を須(もち)いず,心頭滅却すれば火自づから涼し」と唱えたということで有名。中学校時代数学の先生が「君たちもこの精神で勉強しろ!」と生徒にハッパをかけていたことを思い出す。
寺は武田家の菩提寺である。不世出の英雄武田信玄は、1573年上洛途中信州駒場の地で病により53歳の生涯を終える。4年後に勝頼を喪主として葬儀が行われ、ここに埋葬された。寺にはほかに父武田信虎、武田家の遺臣、このあたりでは信玄についで縁のある五代綱吉のもとで大老となった柳沢吉保の墓などがある。ほかに信玄公宝物館があり信玄所用の兜、風林火山の旗印などが飾られている。

最後に個人的な話。心頭滅却すれども、火はやっぱりアッチッチ・・・。境内で名物の一本100円の蓬団子を食いながら、自称「インテリゲンチャッチャ!」の私が、石和温泉誕生当時を想像し、ケネデイ大統領の名言に思いをはせる・・・・というようなことは全くなかった。

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