各地で成人式が行われた。沖縄で酒樽を会場に持ち込もうとして警官とトラブルになった、などとの報が流されているが、総じて今年は平穏だった様だ。
ところでお偉方は新成人に何を今年は語ったのだろうか。多分、自分の描く若者像であり、果たせなかった夢であり、自分自身の反省であったりするのじゃないだろうか。そこで私なら、どんなことを話すだろうか、と考えてみた。
第一に立派な社会人になってもらいたい、と思う。
社会人としての道徳観、責任感、義務感などをもった人間という意味である。たとえば仲間と行楽地に、飲み食いすればたくさんのごみが出る、そういったものをゴミ箱に入れるなり、持ち帰るなりきちんと処理する人間になってほしい、ということだ。人がみていなければそのままで帰ってもいい、は困る。また、込んだ電車で年寄りが前に立った、黙って席を譲る人間になってほしい。
第二に自分自身に正直な人間になってほしい。
そのためには自分自身をきっちりと見つめ、そして考えることが必要だ。日記をつけるというのはよいことだと思う。このときにつけ方が二つある。一つは絶対に人に見せない、事を前提に書く日記だ。この場合には思い切り自分に正直に書け!マスターベーションをした話でもいいし、試験でカンニングした話でもいい。しかしこういうものを書くことによって自分自身を振り返ることができる。2番目は人に見せる日記だ。これも出来るだけ、正直に書くことが望ましいが、いくらなんでもマスターベーションの話までは書けまい。しかしこちらの日記もいいことがある。他人の忠告が聞ける。お返しに他人の日記を読ませてもらえれば、その人がどういうことを考えているか、知ることが出来る。
3番目に日本人としての意識を持ってほしい。
よくこれからはグローバルな視点だの、国際人としての意識が大切だの、いうけれど、それはまず日本を愛する日本人という意識の上に成り立っていなければならない。そうでなければ根無し草になってしまう。日本人になるために、専門家になれとはいわないが、日本史を学んでほしい。われわれの祖先がどういう苦労をして、今日の日本を作り上げたかを知ってほしい。われわれは最早過去の人間で後は棺おけだけが待っている。これからの日本を作るのは君たち自身だ。その未来の日本を作るときに必ず役に立つものと思う。
第4に人を愛する人になってほしい。
最初の人は自分自身と他人双方を含める。自分自身を愛するということは、何も自分に甘くして現在を楽しめ、ということではない。自分自身の今と将来を大切にしろ、夢を持て、ということである。他人はさらに分解されて、親兄弟になることもあろうし、恋人や友人になることもあろう。何れにしても人という字が互いに支えあうことを意味しているように、人は一人では生きられない。誰かさまのおかげをもって生かしていただいている、そういう気持ちを持ってほしい。
最後にやりたいことを思い切ってやってほしい。
これはなんでもやっていい、というわけじゃない。何でも兆戦してみてほしい、ということだ。一生というのは長いようで短い。それにやり直しはなしである。多くの先人がいるけれども、あなたと同じ環境で同じ道をとった人間はいない。あなたの道はあなた自身で切り開かなければならない。のんびりと道草をくっている暇は無い。
私自身の反省も踏まえて、この文章を書いたつもりであるけれど、あなたなら新成人に何を言うのだろうか。
ところで、これは翌日の話。杉並公会堂の前を通りかかった。杉並区は沖縄より1日遅れて成人式をやるらしく、新成人でごった返していた。チャパツで振袖、肩には申し合わせたように白いストールをまとったお姉さんたちが、はきなれぬ草履になんだか池のアヒルみたいによちよちやりながら携帯電話に余念がない。男の子はと見ると色物のシャツにはじめての背広など着たり、あるいは復古調で羽織袴などで固め、一人前にたばこなぞ悠然とふかせている。
こんなお説教めいた話は受けないかなあ。