30「クマの死」(8月4日、12月29日、30日)

T8月4日
クマを飼いはじめたのは長女が高校生の時だったと思う。周囲はそれまでの経験から「生き物は大変よ。」と忠告したのだが、彼女が「私が面倒を見るから。」と主張し、飼い始めた。雌だが甲斐犬の血が混じった中型犬で、毛がつやつやとし、眼光するどく、耳と尻尾がピンと立ちけっこう格好よかった。見知らぬ人には激しく吠えたから、番犬としておおいに役に立った。全体黒かったからクマとなづけた。

次女の証言1 あれは私が中学校3年の時だったわ。最初は私がダックスフンドを飼いたい、と言ったらお母さんが「あんな不細工な犬は飼えません。」ところがお姉ちゃんがお友達のところでクマを見つけてきたら二つ返事で飼いましょう、と言うのよ。私って可愛がられてなかったのかしら。

いじけたところがなく気がいいし、犬同士で喧嘩をすれば強いけれど、頭のいい方ではない、と飼い主である私は思っている。2,3日前も牛乳をボールにいれておいてやったのだが、守備範囲であるはずなのに届かない。首と支柱を結びつけている鉄の鎖が支柱にまきついて短くなっているのだ。支柱の周りを回って来れば良いのだが、思いつかないらしくいつまでもボールを恨めしげに眺めている。

散歩に連れていっても同じ事が起こる。電信柱の向こうとこちらを通ってクマが進めなくなることがある。戻れば飼い主様と一緒の方向になるはずなのにそれをしない。朝、乾燥したドッグフードをやるのだが、時に食わないときがある。ヒヨドリやハトが餌を失敬しに来るのだが追い払おうともしない。彼らはクマをすっかり馬鹿にして一粒一粒加えて運んで行き、やがてボールをからにしてしまう。少しは名犬ラッシーの爪の垢でもせんじて飲ましてやりたい。

冬、余り寒いので犬小屋の中にいらなくなった応接用のクッションをひいてやった。気持ちよさそうに寝ていたが、夏になると暑くてかなわない。鼻で突っついて外に出せば良さそうなものだが、一日中ひっかいて中に入っている綿をだしにかかる。周囲は綿くずだらけになってしまった。夏になると2,3年前までめったやたらに小屋の周囲を掘り返した。特にコンクリートの犬走りの下がお気に入りらしく、我が家がどうにかなるんじゃないかと心配するほどの穴を掘って奥に潜り込んでしまう。いつかシャベルで土を放り込んだら、さすがに埋められてはかなわぬと思ったのか飛び出てきた。

飼い始めてから16,17年。面倒を見る、と言った長女は結婚して家をでてしまった。「だって彼と一緒のマンションで犬は飼えないわ。」

6年前に妻は他界した。しばらく後をついでいた次女も結婚して外に出てしまった。今では彼女は時々我が家にやってきて「クマちゃーん」と声をかけ、自分の亭主よりもやさしくなでてやって、私が買ったばかりの冷蔵庫の牛乳をおしげもなく与える。クマはうれしそうにしているが、それだけである。かくしてお世話は無関心だった私がせざるを得ない。

このクマ公に今新しい問題が起こっている。老人ならぬ老犬問題である。自慢の尻尾はたれ、毛はつやを失い、そのうえ暑いのか、かゆいのか、ひっかくものだからところどころ赤い肌が見える。クマは10年くらい前だったろうか、散歩中クルマに当て逃げされた。その時から眼がおかしくなった。今ではすっかり見えないらしい。

次女の証言2 クマは今までに2度命の危機に陥ったのよ。1回はこの交通事故、もう1回は胃捻転になった時よ。夕方ふと見たらひどく苦しそうにしているのよ。あのときお父さんは旅行でいなかった。それであわてて小金井動物病院へ連れていったのよ。犬の胃というのはどうかして1回転してしまうことがあるんですって。先生はちょっと見て分かったらしくてすぐにおなかを切開して手術。「正しい位置にもどして縫いつけておきました。回復までしばらくかかります。本当に危ないところでした。もう2時間も発見が遅れていたら命はなかったでしょう。」

日がな一日寝ていて、足腰も弱くなったのか、立ち上がる時よろよろしている。めったなことでは吠えず、番犬としての機能もあやしげだ。散歩に連れていっても格好が悪い。なぜって歩くのが飼い主より遅いし、すぐぜいぜい始めるし、その上尻尾をたらし、腰を落とし気味にしていつも糞をするような格好をしているから恥ずかしくなってしまう。そんなものだから本当は一度くらい風呂場に抱えていって洗ってやらねばならぬのだがその気にならない。

私が陶器を習っているEさんのところの犬は、家の中で飼っていたが最近亡くなった。いつもお父さんが散歩に連れて出ていたらしいが、最後は足腰が立たなくなって寝たきり。そのくせ癇癪だけは強くて暴れたり、小便をたれたりして往生したという。我が日本国政府は、老人対策だって十分出来ないのに犬など知ったことか、とまことに冷ややかである。本当にお前が寝たきりになったらどうしたらいいんだろうね、とクマを眺める。クマは今ではたった一つの好物らしい冷えた牛乳を早くよこせと私を見上げる。

U 12月29日
階段を恐る恐る登る。ヴェランダの出口に小さく切ってあるコンクリートのたたき、そこに新聞紙を敷き、クマをおいてある。声も出さず、ぴくりとも動かない。胴の辺りの黒い毛の上から肌にそっと触れる。冷たい!

クマが夜鳴きを始めたのは、1週間くらい前からだった。キューンキューンと悲しそうに夜通しなく。こちらはうるさくて仕方が無い。体を調べてみる。特段に変わったところはない。食事も以前より旺盛なくらい食べる。ただもう17歳だから仕方が無いが、以前から後ろ足がよろよろしていた。そのよろよろ度が少し増えた気がした。

昨日の夕方だった。一際はげしい泣き声が聞こえた。気になって、茶の間から覗くと、体に鎖を巻きつけ、コンクリートの上に倒れ、こちらを頼りなげに見つめている。鎖をとってやると、何とか立ち上がろうとするのだが、四本の足はむなしく空を切ってばたばたするばかり。

小金井動物病院は人のよさそうな女医さんで昔からお世話になっている。電話で連絡し、もう立てなくなったクマを抱き上げて、買ったばかりの車のトランクにいれて運び込む。先生は尻のほうに大きな注射をうった。「この注射で立ち直ることもあるんですけれど。」という。「脳卒中か何かですか。」というと「そうじゃありません。目がしっかりしています。老衰です。」それから先生は魚肉らしきものを持ってきてクマの鼻先に突き出すが、クマは食おうとしない。

家に戻り、クマを先生の助言に従い、玄関に入れる。クマは一晩中泣き続けた。しかしミルクをやっても足が使えないから飲むことが出来ない。朝になって念のためと次女に連絡する。すると次女は「私、ゆくわ。」

次女夫婦は、甲府の温泉に行く予定でレンタカーを借りていた。昼近くになってやってきた次女は「クマちゃーん。」とさっそくなで始める。婿さんと私は、仕方ないから茶の間でコーヒーなど飲んで一服する。少ししていってみると、次女は目を真っ赤にして泣いている。「こうしてなでてやると、とっても気持ちよさそうにするのよ。チーズを口の中に押し込んだら食べたわ。この犬、チーズ好きなのよ。苦しそうだわ。かわいそうで仕方が無いのよ。」とうてい次女は納まりそうに無いから、また婿さんと茶の間に戻り、日本経済の話などしだす。

「もういっぱいコーヒーもらえない。」と次女が言うので、それにも対応し、小金井動物病院に電話する。すると「どうなさりたいかですね。動物ですからね。人間だったら、点滴などというのもありますが普通はしません。後、するのは、栄養剤を打つくらいですかね。」とクールな返事。結局病院にはもう行かないことにした。先生の言葉に自然な死の意味を再び考えた。食えなくなったら動物はおしまい、そう割り切るしかない!

次女は「クマ、いじめないでね。明日、帰りによるわ。」といいながら、1時間以上たって温泉に向かった。次女が残していったチーズをやるとそれは食べた。しかし乾燥芋をちぎってやったがそちらは食わない。夜になって、玄関先から二階の小さなコンクリートのたたきに移した。

クマの心配もさることながら、今日はなんとなく次女のやさしさをみたような感じがしてうれしかった。次女は結婚する前ずっと食事をつくるなどクマの面倒を見ていた。次女は薬剤師だからずいぶん死には接しているが、そうしたことから情が移るのだろう。でも、そういう感受性は大事だなあ、と思った。

夜遅くなって、クマの鳴き声があまり聞こえなくなった。しかしまだガサガサいう音を立てており、大丈夫だなと思って眠りについた。そして朝・・・・。

V 12月30日
保健所は年末で休み、引き取ってはくれない。庭に埋めようかとも考えたが、小金井動物病院に聞いたところ、動物専門の霊園に連絡を取ってくれた。世界動物友の会と称し、深大寺を借りて、敷地内に納骨所を持っている。青い背の高いヴァンのような車で、係りらしい男がやってきて、白いダンボールの箱にクマの屍体を「納棺」し、手を合わせた。立会や専用霊座を断り、合同火葬にしてもらった。値段も安いし、犬仲間もいることだろうし、こちらもいまさら返骨などされても意味が無い。

次女に電話し、「クマは、朝冷たくなっていた。もう持っていってもらった。」と話したところ「もう、行ってもいないの?」と落胆した様子だったが、夜8時ころ婿さんと一緒にやってきた。お父さんのところによって、これから帰るところだという。

「クマも若い頃は元気だったわ。どんな人でも見知らぬ人にはよくほえた。アパートの前の植え込みで女の人が襲われそうになったときなどものすごかった。あれで痴漢が逃げ出したのよ。メスだものだから雄犬がずいぶんよってきたわ。きっと美人だったのね。いつかなんかお母さんが、箒でおいまわしていたわ。「よその犬を襲っておいて、うちの縁の下でのうのうと寝ているなんてどういう了見なのかしら。」ってカンカンに怒っていたわ。それでとうとう避妊治療をしたのよ」と次女は思いいれが深い。

「それが、3,4年前から大分足腰がおかしくなってきた。夏、珍しく体を洗ってやり、二階のテラスで太陽にあて、暖をとらせた後、階段を下りるときにずり落ちるようになっていた。」
「若いときには道路のガードレールを飛び越えて困らせたのに信じられない。」
「最後の頃は人間で言えば腰の90度まがったばあさんだった。後ろ足を曲げ、尻尾もだらしなくたらして、じっとこちらを見つめていた。毛も大分薄くなっていた。近所を一周もすれば動かなくなるくせに散歩に行きたがった。」
「でも、このうちに来てクマちゃんがいないとさびしい。それに物騒だわ。」
「そう、クマの防犯効果は大きかったな。これからちょっと心配だ。」
「ねえ、お父さん、もう犬飼わないの。」
「どうするかなあ。寂しさを紛らしてくれるけれど、旅行に行けなくなるからね。」
「そのときは私が来て泊まってあげるわ。でも犬は私と一緒に選ばせてね。」
「私が来るって、一ヶ月くらい外国に行くかもしれないぞ。」

ちょっと長い期間、外国を放浪してみたい、は私の夢である。取り留めない話がずっと続いた。「深大寺の納骨堂に必ず行くわ。」といいながら、次女夫婦は1時間くらいで帰っていった。車を送りながら、茶の間の前の暗い空間を見つめる。あそこでいつもクマはこちらをうかがうように、首をたらして見つめていたものだ。

もう一度、犬を飼う・・・・・。しか犬の寿命は10年などというがクマは17年生きた。すると新しい犬が死ぬ頃には私は70の後半だ。そこまで大丈夫かな。それに何よりここにいつまで住むことになるのか。実を言うと、将来マンションでも買ってよそに住む気がないでみない。そうなると新しい犬の行き場がなくなる。

昼間、店子のTさんが言っていた言葉を思い出す。「飼うのならすぐに飼ったほうがいいですよ。時間がたつと気分がぬけてしまう。」どうしたものかなあ。
(1月24日)


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