311「NHKスペシアルローマ帝国」(11月20日(土) 曇りのち晴れ)

NHKスペシアルローマ帝国を見る。新聞のコメントに@よみがえる幻の巨大都市 A帝国誕生の謎 B皇帝の秘密コロッセオ とある。最近ローマに旅行し、フォロ・ロマーナ、コロッセオなど見物したこともあり懐かしかった。

最初にアルジェリアで19世紀末に砂漠の中から発掘されたテイムガッド(Timgadローマ人はThamugasと呼んだ)が紹介される。アルジェリアは政情不安で観光客が訪れる状況でない、今回政府の特別許可を得て、入る事が許されたと解説が得意げに紹介する。空から見ると都市はきれいな四角形をなし、碁盤の目の様に石灰石の街路が敷かれている。都市は15000人が住めるように計画されたとか。街の入口にはジュピター神が祝う凱旋門、街路の左右には列柱が立ち並び、水道網が張り巡らされ、地下には下水網が張り巡らされている。飲み水に地下水を、その他には雨水を分けて使うと女性アナが解説する。演説や議論をする場として使われたらしいフォロと呼ばれる広場があり、隣にはローマのコロッセオとおなじような劇場がある。収容人口3500人。温水、水、サウナをそろえた公共浴場、図書館、ローマと同じ様なパルテノン神殿、市場、寺院跡などが紹介される。

これをベースに放送は続く。

ローマ帝国は伝説によれば紀元前753年にロムルスによって建国された。当初は小さな国だったが、次第に武力によって周囲を征服し、大きくなっていった。当初はポエニ戦争で滅ぼしたカルタゴの例をみれば分かるように、完全に相手を破壊したが、紀元前97年に起こった同盟市戦争で驚き、方針を変えたようだ。初代皇帝アウグステイヌスは征服した土地に最先端の都市を作り、人々に快適な生活を与え、人心を掌握しようとした。コロッセオを建設し、剣討士の戦いを始め歌や音楽を市民に提供した。こうした融和策が功を奏し、人々にローマ帝国のもとにいたほうが有利だ、と思わせるようにした。一方でアウグステヌスは軍備強化も忘れなかった。テイムガッドで発見されたローマ市民章が紹介されるが、これは25年の兵役を終えて初めて本人と息子に与えられるものである。人心掌握と軍備強化、アウグステイヌスの見事な政策ではないか、今日の国際社会でもこのように出来ないものか、としめる。

しかし最近読んだ塩野七生の「ローマ人の歴史」と比べて何か違和感がある気がした。

テイムガッドについて英国版ヤフー、仏国版ヤフーなどで調べる。
テイムガッドはすでに世界遺産に登録されている。都市は北緯35度27分(東京なみ)、東経6度38分、1000メートルの高地にあり、冬は雪が降ることさえある。トラヤヌス帝によって紀元後100年に建てられた。つまりアウグステイヌスとは関係ない!当初の目的はアウレス山脈の未開人たちに対する防衛基地だった。長い間のローマ軍への兵役の末、土地を与えられたペルシア人たちが多く住み着いた。3世紀にはキリスト教布教活動基地となり、繁栄したが、5世紀にあの西ローマ帝国をあらしたバンダル族にあらされ、535年に東ローマ帝国の将軍ソロモンが占拠したが、つかのま。7世紀には完全に荒廃し、やがて砂にうずもれていった。うずもれた事が幸いし、都市はほとんど完全な姿で残った。

さらにローマが征服した民族と宥和政策を採り、同化するように努力したことは共和制の頃からの伝統であったように思う。なるほどカルタゴは完全に滅ぼした。しかしあれだけはハンニバル等に苦しめられ、100年に近い大戦争だったわけで例外と思う。同盟市戦争で従来の融和に重点を置くようにしたことは事実だが、ポンペイウス、シーザー等が路線を継承し、そのあとでアウグステイヌスはでてきたのである。アウグステイヌスが独自に考え出したように言うのは完全に間違いである、と思う。

大変面白い番組、来週はポンペイ遺跡についての番組というから楽しみにはしているが、NHKともあろうものが歴史の捉え方がいい加減では困る、と感じた。

(お知らせ)旅行のため1週間ほど通信を休みます。

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