321「独り者の元旦」(1月1日(曇り))

私の朝は、元旦だといって変わることはない。
夕べは紅白歌合戦をみたために、床に就いたのは12時半くらいだったと思う。妙に寝られなかった。それでも機械仕掛けの人形のように5時前には床を抜け出す。息子や娘が11時頃来るというから、三段重ねのお重も雑煮もおあずけにして、いつものようにコーヒーにパンとたった1枚残ったベーコンでベーコンエッグ。

6時に外に出る。寒い上にまだ暗い。前夜降った雪が庭を覆っている。紅白の後、雪かきをしておいてよかった。雪がとけた道路の中央あたりを、滑らぬように一歩一歩足をふみだすような感じで走る・・・いや歩くといった方がいいかもしれない。そうしながら「この分では公園は雪で覆われているだろうから、体操はないんじゃないか。」と考えた。予想通りで、寒そうに数羽づつ集まっておとなしくしているカモを横目に見ながら、広場に近づくとO会長など数人がたむろしているだけだった。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしく。」と型どおりの挨拶をした後「みんな、見事に来やしない。」「こんなときにやって足でも折ったら災難ですよ。」「それにしても寒いですね」「もう6時20分だ。中止、決まりですね。」「そうですね。」
定年してからラジオ体操に参加しだしたから、元旦の朝はこれで4度目。最初2度はジョギング大会があり、去年は平日並みだったが、終って井草八幡におまいりをした。全部中止、というのは珍しい。

家に戻ってくつろいでいると、裾野にいる長男から電話で「東名が路面凍結で通行禁止になっている。今日はいけない。」「じゃあ、明日おいでよ。」彼らは昨日来る予定だったが、積雪で来られなかった。ついていないが、こういうときもあるさ。娘夫婦は11時過ぎにくるといっていたが、到着したのは12時前。みな独り身の私を気遣ってくれてはいるのだが、雪が計画を狂わせている。早速雑煮とお重に挑戦。
彼らの話。クリスマスに、婿殿の帰りが遅く娘がすねた。翌日娘がでかけようと玄関にでると、ブーツの中に福沢諭吉がつっこんであった。「ブーツを突き出してあったから、これはクリスマスプレゼントをよこせ、という意味だと思ったのさ。」と婿殿。それで娘の機嫌がなおったとか。「かみさん管理は社員管理と同じようなもんさ。うまい、うまい。」というとまた娘がふくれた。婿殿の度量の広さに感心!1時すぎにわずかの発泡酒で眠くなった私の様子をみて、彼らは帰っていった。

一人になりテレビをつけるが箱根駅伝は明日からで見るものもない。唯一小泉首相が今年は靖国神社の正月参拝はしないと言明した、と報じている。戊辰戦争以来の英霊を祀ってある唯一の神社であるから、首相ともなれば1年に1度くらいはした方がよい。A級戦犯が祀ってあるからするべきでない、などというのはおかしい。しかししなくたってかまわないとの論もなりたつ。まして正月になど・・・。けれど自国の反日教育は放置して、内政干渉さながらに騒ぎ立てる中国に屈してやめる、という形は最悪だ。

年賀状の返事を投函するか、ついでに喫茶店で本でも読んで過ごすか、と井荻に出かける。郵便ポストはあったが、店はみなシャッターがおりている。あいているのはわずかにセブンイレブン、マグドナルド、中華料理チェーンの東秀、ケーキの梅沢、持ち帰りすし屋、本屋はやすみだったが、食料品屋のボンマルシェが開いているのに驚き。
しかたなく、コートの襟をたてて帰宅。正月に凧揚げが行なわれなくなり、追羽根の音が聞こえなくなったのはいつごろからだろう、なんてふと思う。曇り空でうすらさむいせいか、晴れ着姿の人も見かけぬ。結局井草八幡には行かなかった。

正月らしくない正月・・・・それでも中越地震やスマトラ沖地震で苦しんだり、連日テロに悩まされたりするイラクの人たちのことを考えればなんと平和な正月。今年はどういう年になるのだろう。抱負のような大それたものはないけれども、自分は自分らしく生きたい。一人で天ぷらの夕食を作り、一人で食べて、一人で片付けて8時過ぎに床につく。寒くて今冬初めて布団の下に毛布をいれた。

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