この歳にして、プラトンの「国家」を読む。読了に時間がかかったのは、正直難しく、理解しがたいところが多いからだ。スポーツクラブの帰り、喫茶店に入ってこの本を開くと、5、6行で眠くなり、10分も行かぬうちに本が床に落ちる、なんてこともあった。
岩波文庫、藤沢令夫訳。10章に分かれており、上下二巻。全文対話形式で書かれている。主人公の「ぼく」はソクラテス自身、ある日、ベイライエウスに出かけて、ポレマルコスに出会い、自宅に招かれる。ケバロスと「正義とは何か」などという問題を話すうち、主人、トラシュコス、グラウコンなども加わり、本格的議論を行う。
プラトン(BC429-347頃)が、ソクラテス(BC470-399)に弟子入りしたのはBC407年、20過ぎの頃であったらしい。アテナイとスパルタのペロポネソス戦争のさなかであった。BC404年にアテナイは破れ,反民主派の「三十人政権」樹立されたが、すぐにスパルタの軍事力を背景に恐怖政治を開始した。その後、民主政権が覇権を奪取したが、やはり武力をバックとした軍事的民主制だった。
そんな中で「青年を堕落させ、国家の認める神々を認めず、別の新しい神を信じている」として師のソクラテスが訴えられ、死刑となった。プラトンは逃げ、12年にわたる逃亡生活を経験する。彼が「ソクラテスの弁明」をはじめ多くの著作を手がけ始めたのは、それ以降の話である。従って、ソクラテスが語っている、とはいえ、プラトン自身の考えとした方がよいのかも知れぬ。
第6巻にイデアについての論が展開され、これが西欧哲学のもとになったものとされるらしいが、今ひとつ分かりにくい。それよりも私には、正義とは何かから発した理想の国家形態はどうあるべきかの議論が興味を引いた。
正義についてソクラテスは「正しいことは、強いものの利益に他ならない。」との説を否定するが、自分自身の明確な回答は示していない。
「政治における正義」について「支配される側のものに利益をもたらし、またそのようなことを命令する。」あるいは「正義と不正を比較すると、不正の方が有利。不正を行って、一たん成功してしまえば、祝福され、強力な権勢を持つ事ができる。」とする論を打ち破るために、ソクラテスは、もっとも優れた国はどのような国か、との議論を持ち出す。
国家の存在理由は「われわれひとりひとりでは自給できず、多くのものが不足している。・・・・ゆえに必要のために他の多くの人を迎え・・・仲間や助力者として、一つの居住地に集めることになる。このような共同居住に国家という名前をつける。」
国家を作るに際し、守護者は、国の全体が出来るだけ幸せになるようにしなければいけない。そのために正義の人でなければならない。不正は、結局は不和と憎しみと戦いをもたらす、正義は徳と直結していて協調と友愛をもたらす、とする。
ところで国家には金儲けをする種族、補助者の種族、守護者の種族が存在し、それぞれ自己本来の仕事を行っている。ある種族のものが、他の種族の仕事をすることは正義に反するように思われる。哲学者は恒常不変のあり方に触れることの出来る人々であり、このような人々こそ、守護者の種族として適任である。
しかし偽の哲学者もずいぶんいることであり、節制、勇気、知恵、正義のないものが候補になって困るので、そのような種族を育て、教育しながらふるいにかけて行く必要がある。女もまた選抜され、男たちに共有されて、一緒に国の守護の任にあたることを考えなければいけない。このようにして培養された最優秀者(選ばれた哲学者)による支配こそ完全な国政であり、知恵を働かせた支配で、統治者を一人に絞れば王政となる。
しかし時に不調和や不均衡がおきると、金儲けと富を重視する種族(金中心)と昔からの制度を重視する種族(名誉中心)の間に対立が起こる。やがて妥協が成立し、今まで自由人として彼らに守護されていた友や養い手たちを隷属化し、自分は戦争とこれらの監視に当たることになろう。完全な国が変質し、不完全な国になる第一歩で、行き着く形態は名誉による支配政と富を求める有力者による支配政であろうか。
しかしこのような状態も長く続くと、支配される側が反乱を起こし、残りの人々を平等に国政に参加させるように成るから民主政が始まる。一件落着に見えるが、自由放任も度がすぎると反対の方向に大きな変化を起こしがちで、僭主制が登場する恐れがある。魂の指導者はやがて狂気の指導者に変質し、節制の徳をもつものを粛清してしまう。
もちろん、プラトンの考え方はギリシャ時代に机の上で考えたもので、現代に当てはまろうはずがない。しかし過度の民主政が僭主政を招来する危険があることを指摘するなど、なるほどと思った。
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