現役時代に、部下の男が言っていた。
「周囲の人の来ない秘密の、自分だけの馴染みのバーか飲み屋を知っているといいですよ。寂しくなったときにいつか逃げ込める。」
しかし私は、とうとうそんなところを知らずじまいに終った。高いバーなどに行っても、行きつけているわけではないから、お客としてのみ扱われる、ちっとも面白くない、と感じるばかりだった。カラオケなど勧められると苦手な私はもっと困ってしまう。
しかし、逃げ込める場所は欲しいものと思っていた。なんとなく疲れたとき、一人になりたいとき、人生がいやになったとき、そんなとき自分の周囲をきっぱり切り離して孤独を友としながら酒でも飲みたい。
やっとその行きたくなる店をみつけた。場所が変わっている。拝島駅近くにある。
「福生のビール小屋」という奴である。拝島駅から、睦橋通りを経て多摩川の川岸に出る途中にある。多満ビールだの日本酒の多満自慢だのを作っている石川酒蔵である。石川氏はこの辺の庄屋だったらしく、江戸時代から栄えていたが、それが玉川上水と多摩川を結ぶ熊川用水の水を用いて酒蔵をはじめたということだ。
冠木門をくぐると農家風の庭の中にその小屋はたっている。小屋の内外に置かれたテーブルで酒を飲みながら、のんびりした庭など眺めて小半時過ごすのである。もちろん、オカミなんているわけはない。イタリア風おつまみを肴に運ばれてきた酒と黙々と飲むだけである。ビールはさすがに酒蔵らしく5種類もある。
今日は一日することなく、2月はじめにしてはうらうらと暖かく、ぴったりの日。途中で青梅特快にのりかえて、二時すぎに拝島駅に着いた。いつもの小屋はちょうど改修中だった。これでは庭の梅を観賞するわけにも行かぬ。矢印に従って酒蔵の二階にすすむと、かなり広間で薄暗い中に木製のどっしりしたテーブルが散らばっていた。そこここに男たちがたむろし、世間話などに興じている。腹が空いていたからスパゲッテイを注文した。
食い終わる頃、2杯目の黒ビールもなくなった。多摩川の河原を歩いてもいいけれど、冬のいまどき寒そう・・・・。西武線で眠りながら戻るかとそのまま帰路につく。
坂道の途中にあるエロ映画館から中年のおじさんが、ポケットに手をつっこんでそそくさとでてくるのが見えた。駅前路地裏には新規開店のパチンコ店が元気な音楽を流している。八百屋でちいさなサツマイモを買う。明日はこれでも去年みたいに焼いて食おうか。
結局、人間はどこまで行っても一人なんだなあ、と最近思う。
なじみのT工務店の95歳になるおじさんが、ニッサン跡地に建てた老人ホームにはいったそうだ。3ヶ月に1度は家に帰らなければならないが、頭金ナシで1日1万円。医者が常駐しており、看護体制は十分、家族も安心していられる。それは分かるが、一方で、あのおじいさんの人生も終ったんだなあ、と感じた。
私も息子や娘に世話にはなれそうもないから、結局そういうものに頼ることになるのか。彼らに、「おじいちゃんをやっかい払いした。」なんてささやかれるようになったら、おしまい、それまでせいぜい元気でやることか、などと考える。
それにしてもである。君は、時に元気に生きて行くこと自体を、ずいぶんしんどく感じないか?高村光太郎の詩に「人間商売さらりとやめて・・・・」という1フレーズがあったのを思い出す。
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