10日のニッポン放送株の新株予約権の発行による増資差し止め判決を知って、私は、判決とは別に若い頃から定義しきれないでいたある一つの疑問が解かれた、ように感じた。「会社員は何の目的で働くか。」
あるとき、部下の若い男にこの質問をぶつけたところ、格好よく「会社の利益のためです。」とこたえた。「利益は税引き前と税引き後に分かれるがどっちの利益だ?」「税引き後でしょう。」「それは大体株主に配当で還元される。当社の株主の多くは生命保険会社だ。生命保険のために働くのか。」と言ったら妙な顔をしていた。
しかし戦後の日本の会社はこの「会社の利益のため」というきわめて不明確な目的意識を社員に信じ込ませることによって成長した部分が非常に多いように思う。
「会社の利益のため」サービス残業もし、私生活も犠牲にし、時には自己の考えも改造してしまう。ビール会社の社員は自分の会社のビールしか飲まず、自動車会社の社員は自社の自動車を使っているタクシーにしか乗らず、ガス会社の社員は絶対にオール電化マンションに住まず・・・・。それが会社を離れると、ころっと態度を変えたりするのは実に皮肉なことである。
しかし会社も社員のこの不明確な目的意識を忠誠心と呼び、前者は後者に誠心誠意報いる。給与は高く、福利厚生施設は立派、退職後も面倒を十分見る等々。そして忠誠心の程度に応じて出世というご褒美をあたえてきたのである。(もちろん、私もその恩恵にたっぷり預かってきたことは否定しないが・・・・。)
しかしこの関係は急速に薄れてきている。会社は「近頃の社員は忠誠心がない。**イズムがない。」などと言っている。しかしその背景には、企業の競争激化にともない、わけのわからない処遇をカットし始めた会社のやり方にももちろん影響されている。福利厚生施設はありません、給料はあがりません、退職後も面倒見ませんでは忠誠心を要求する方が土台無理というものである。
私がもしフジサンケイグループの従業員だったら・・・・。
経営者がどう変わろうと知ったことではない。仕事がどうなるか、給料がどうなるか、それだけを考え、とりあえずは与えられた仕事をどこかの社長のいうように粛々とこなすのみ。それから先は・・・・・そのときは自分の買い手と自分の価値観の比較だけできめる。
ただ、裁判に負けたフジサンケイグループに残された手として焦土作戦というのがあるのだそうだ。どうせ、人に取られるくらいなら中身をカラッポにしてしまおう、というもので、ニッポン放送の有する大量のフジテレビの株を初め、有力な資産をみな売り払ってしまおう、というのである。会社をのっとっても箱だけ、というわけである。これに協力しろといわれたら・・・・、自分の身のために勤めている会社を言ってみれば毀損する、といっても公害を垂れ流すなどのように悪いことをしろ、といっているわけでもない・・・・私には想像を越えた難問である。
冒頭の問いには、小心の私は、「食べるために働くのです。」なぜ、給料以上に働こうとするのか、という問いには「出世するためです。」あるいは「自己実現のためです。」くらいに答えるのが正解であると思う。
ただ、高村薫の「レデイジョーカー」に次の一節を思い浮かべるのは、筆者が会社員としてトップまで上り詰める事ができなかったから?・・・・。
「今日という日にやった仕事の一つ一つが自分の手を離れてどこかへ消えてゆくような気がするのだった。思えば三十六年間、要はそうした繰り返しだったが、企業で働くというのは、本質的にはそういうものなのだろう。」
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha