中国全土で大きな反日デモが行われている。先行き少々不安だが、思うことを・・・。
うずまく群集をみながら、今までの経験と照らし合わせて不思議な気持ちになる。私がいままで接した中国人は決してあんな風ではなかった。一応に親切で礼儀を重んじる人たちであったように思う。
大体デモのスローガンからしてわれわれには奇異に映る。
「賃金挙げろ」とかイラクにおける「米国出てゆけ」、とか、自分の身につまされる問題ならわかる。たとえば彼らは日本の教科書問題を取り上げている。でも彼らにとって海の向こうの国の教科書、目くじら立てる問題には思えない。単に主義主張、イデオロギー上の問題なのだ。それに参加者のほとんどが日本の教科書など読んでいないとも聞く。
「靖国神社参拝反対」や「日本の国際連合での常任理事国入り反対」あるいは「尖閣諸島問題」でも同じだ。デモをしている人々に直接関係の薄い問題だ。
「教科書問題」については、私は安保闘争を思いだす。まだ外国になれていなかったあのころ国会乱入までして大いに騒いだ。しかし元になる安保改定の意味そのものを正しく理解していた人は、ほとんどいなかった。40年経った、現代の日本人の目から見ると、あの運動を大半の人は疑問を持つのではないか。
この前、朝日ニュースターで中国出身の人がキャスターになって自民党議員に質問していた。最後にキャスターが自分の立場を考えたのか、本心かはともかくとして「今の中国デモは全く許せない。恥ずかしい。日本の国民が冷静で騒がないのは尊敬に値する。」くらいのことを言った。すると自民党議員が「それだけ政治に対する熱がないと言うことですよ。」とはき捨てるように言った。両国民の問題点を互いに言い表しているではないか。
どうして日本国民がこうなったのか。よくも悪くも成熟したのだと思う。
人間は自分で考え、判断しているつもりで実は環境、周囲に転がっている情報、経験なんかで動いているのだ。そして個人が学ぶように国民もまた学ぶものだ。
この40年間に、日本人は豊かになった、その結果金持ち喧嘩せずになった。海外を知るようになった、いまどき日本で一度も海外に出たことのない人間を見つけるのは難しい。それは良くも悪くも海の外がどういうものであるか、日本人とはどのように考え方が違っているかを理解させた。そして国際平和の重要なことを教えられてきた。
これに対して中国は、一部にははるかに日本人をしのぐリッチピープルもいるが、平均的には低い。海外経験もほとんどない。社会全体としてみれば未成熟な部分がある。教育は共産主義と資本主義のはけ口としての反日が重視されたように見える。・・・・日本のODAは何だったのか。あの金は全くドブに捨てたのか。一部の人間がそうした国民をあおり立てるのはたやすいことかもしれない。
厳戒態勢を取ると約束しながら、警官がちっとも阻止しようとしていないことに気がつく。「愛国無罪」という身勝手なプラカードとあわせて、全く中国政府自体がデモを起こさせていると、理解されても仕方がない。日本人の安全を守るのは中国側の責任である、というのは全く正しい。確かに歴史認識に違いがある。しかし日本の歴史認識のみが誤っているというのは筋が通らない。
ただ今回のことで、中国当局自体が悩み苦しんでいることも事実だ。このまま放置すれば、国際的地位が大きな打撃を受けるし、商売上もろくなことはない、北京オリンピック開催に対する危惧すらささやかれ始めている。町村外相との会談を「日本が謝罪してきた。」と一方的に報じたのは、国内向けと日本向けの言い方を使い分けているのだろう。日本の謝罪要求に「そんなことをしたら火に油をそそぐ。」と言ったそうだがうなずける。
当然、日本と中国は隣同士の国であり、良好な関係を保たねばならぬ。民間ベースで考えれば切っても切れない関係にある、と言った方がふさわしいのだろう。しかし、日本としても共通の歴史認識を話し合うくらいは別にしても、今回の件で妙な妥協は必要ない。相手の立場は十分尊重しながらも、教育現場は堂々とF社の教科書を採用し、犯罪がらみの中国人は厳しく規制し、小泉首相はいくらなんでも今日明日とは言わないが、時機を見て靖国神社の参拝を考えればよろしい。
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