春一番というのは、立春から春分の間に吹く暖かい南よりの強風のこと。大体は東南東から西南西の風で、風速8m/秒以上のものを言う。東京は今年は2月23日に吹いたとか。こういう風に期間、風速が限定されているから吹かないときもあるし、もともと東北や北海道にはないそうだ。
平凡社の「気象の事典」によると、1859年(安政6年)2月13日、五島列島沖に出漁した壱岐郷ノ浦の漁師53人が強い突風にあって遭難してから、漁師仲間で春の始めての南風を、春一番と呼ぶようになったのがはじまりとか。1950年代後半からマスコミでも使用され、一般化しだした。ついでに春二番、春三番などというのもあるらしい。
カタ、カタ、カタ・・・・
今晩あたりは春何番だろう。かなり強い風が吹いている。鉄筋コンクリート建てのくせに我が家はこういう風にあうと、がたぴし音を立てる。雨戸だろう。向かいのアパートの目隠しのプラスチック板のとめビスがいくつかはずれている。あれも音をたてているようだ。アパートには一人住まいの女性がいるが、彼女たちは不安を感じないのだろうか。
私は一人で8畳の和室で眠るが、風ほど不安を掻き立てるものはない。天井を薄目を開けて眺める。一角が破れてそこから太い手がにゅーっと飛び出てきて、私をつかむのではないか。北朝鮮がノドンを開発したと言う。そんなものが発射されて、我が家に落ちてきたらどうなるだろう。翌日は肉片となった私・・・・。
地震も恐い。この部屋は襖で囲まれているが、強ければそんなものははねのけて、和ダンスも洋ダンスも飛び出てくるに違いない。天井に見える蛍光灯は私の頭の上に落ちてくるに違いない。下敷きになって頭から血など流して苦しむかも知れぬ。そんなことがあっても、外部の人にはわからぬから誰もきてくれまい。
カタ、カタ、カタ・・・・
波の音はこころを和らげ、母の懐にでも抱かれているような気持ちにさせてくれる。雨の音は単調なだけで感動を与えないが、恐くもない。かすかに聞こえる車や列車の音は夢を見ているような気持ちにさせてくれる。しかし風の音は不安を掻き立てる。
そういえば杉並に最近放火魔が出現していると言う。こんな日に火をつけられたらたまったものではない。それより台所のガスは消しただろうか。風呂場はどうか。一度それらを見にいとうか・・・そんなときだった。
カタ・・・・。
入口の戸がわずかに動いたように感じる。カタ、カタ・・・・・また少し動いたように感じる・・・・まさか、背中に冷や汗が流れる。
包丁をもったお兄さんか、ピストル持った不審な外国人か、ああ、私もここで命を落とすことになるのか・・・・。老人の一人暮らしというのが危険であることは前から分かっていた。しかし今となっては・・・。私のからだは、金縛りにあったように気ばかりあせるが動かない。
「今晩は・・・。」蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。女だ。朝顔の絵の描かれた白い浴衣を着ている。幽霊ではあるまいか。足を確認する。大丈夫だ。「入っていいかしら。」
女は、すーっと流れ込むようにして蒲団の中に入ってくる。知らず知らずに手が伸びて抱きよせる。頬と頬が触れ合う。冷たくも熱くもない頬。・・・・・こういうのもありか。あそこが接触する。うーん、いつしか最高!極楽浄土・・・・。日経の渡辺淳一の小説の世界だ!・・・
と、思いきや私のからだが、何か穴にでもおちるように、女の体に吸い込まれてゆく。ああ・・・・・。
暗い中で私は気づく。棚の上の時計を見る。4時・・・・いい、夢だった。こんな夢なら、もう一回見たいと私は目を閉じる。風はすっかりやんだようだ。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha