354「天目山日帰りハイキング」(5月3日(火曜日)晴れ)

憲法記念日、本当はそっちの方を考えなければいけないのだろうけれど・・・。薫風さわやかな五月、家にこもっているにはもったいない。
先日、百蔵山や松姫温泉にゆき、武田勝頼最期の地である天目山も近くにあるはずだとウエッブを調べた。すると立派なハイキングコースになっていた。

中央線で笹子トンネルをぬけてすぐの甲斐大和駅。駅前の武田勝頼像をあとに、少し行くと甲州街道。街道沿いに歩き、日川渓谷・竜門峡入口の大きな石碑が立つ分岐を左に折れ、坂道をゆくと、20分くらいで景徳院。
1582年(天正10年)3月、織田・徳川連合軍に敗れた武田勝頼一行は、武田二十四将の一人で岩殿城を居城とする小山田信茂を頼ろうとする。しかし信長を恐れた信茂は裏切り、笹子峠で勝頼軍を攻撃する。敗北を悟った勝頼は田野(天目山)で自刃して果てる。ここに新田源氏以来400年以上にわたって続いた武田家は最後を迎えるのである。
裏切りに成功したかに見えた信茂も信長に攻められて死んでしまう。しかもその年の6月には信長自身が本能寺で明智光秀に討たれるのである。
のちに徳川家康が、勝頼等の冥福を祈ってこの寺を建てた。石段を登って、重要文化財になっている二つ目の山門をくぐると、正面に本堂、右手に鐘楼。ちょうど法事らしく喪服の男たちが本堂に集まっていた。鐘楼の下に勝頼34歳、夫人19歳、息子信勝16歳の五輪の塔型の墓が三つ並ぶ。「夫人が19歳で息子が16歳では筋が通らない。」というのは女性の考え方。あの頃は男性に素晴らしい世の中だった?

道に戻り、さらに坂道を20分ほど登ると竜門峡入口。日川にかかる橋を渡って、少し登り、竜門峡遊歩道。遊歩道が完全に整備されており、新緑の木立を越えてくる風と眼下に日川の流れを楽しみながら、一歩づつ上ってゆく。ちょうど2,3年前に行った西沢渓谷の雰囲気である。30分ほどで落合三つの滝分岐。渓流に掛かる丸木橋を命綱を伝いながらわたる。アルミのハシゴのようなもので出来た急勾配の階段を登る。すると三つの滝の見晴台。上から3段になって落ちてくるからそうよばれるのだろうか、なかなかの見ものである。この辺でコンビニ弁当の昼食。戻って遊歩道を栖雲寺方面に向かい休憩所を越えると、次第に川岸を登るようになり、寺に近づいてゆく。休憩所を右に行くと近道のようだが、栖雲寺には行き着かぬ。

自動車道路の反対側に栖雲寺。貞和4年(1348)に業海本浄により開山したという禅寺。拝観料300円を箱の中に入れて、急な傾斜地に巨石を配した石庭を見物する。巨岩は自然に存在したものなのだろうか。運び込んだとすれば大変な工事だったろう。上に木がすっくと立つ巨岩などなかなか見ごたえがある。
栖雲寺から少し出発地点方面に向かって下ってゆくと、右手に公営のやまと天目山温泉。大和村の人は400円、部外者は700円払わねばならぬが、強アルカリ性でお肌がすべすべするなかなか気持ちよい温泉。地元らしい人が車でたくさんおしかけており、込んでいる。露天風呂に入りながらおじさんたちの話をきいていると、前の村長が例の竹下一郎のふるさと創生基金で掘削をしたのがはじまりとか。温泉を出て広間の一隅に陣取り、缶ビールで乾杯、乾杯!

この温泉をさらに下ってゆくと日川渓谷レジャーセンターがあり、そこは釣堀が楽しめ、そばがうまいそうだ。山道を来たために通過した形になっている。時間を考えて省略し、バスで駅に戻ることにした。村営バスは100円だが、2時間に1本くらいしかないから調べておいて正解だった。全体7,8キロになろうか、西沢渓谷よりは大分楽なハイキングコースで女性にもすすめられそう、また最初にバスで栖雲寺まできて渓谷を降りて行くことも考えられる。

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