357「小学校のクラス会」(5月15日(日曜日)曇り)

小学校の同クラス会が荻窪の「土風呂」で行われた。
出席者は15人、今回は女性が少なくわずかに4人であった。
こういう会は損得勘定で言えばでても出なくてもいい。出費の無駄である、時間の無駄である、何十年も前の同級生に会ったところで何が生まれるわけではない、懐かしいと言われてもそうかしら・・・・そんな風に考えるとでなくてもいいじゃないか、となる。不思議に去年でないと、今年も出なくてもいいような気分になり、それは来年も続きそうだ。
しかし気が合えば、久しぶりに心が開放される。

言葉には表せない個々人の出欠理由を調べてみると聞いてみると面白い。出席組はあの人にあえるから、亭主から解放されるから、など単純な理由が多い。逆の場合は「私は過去は見ないことにしています。」と啖呵を切った女性もいたけれど、大抵は昔みんなにシカトされたからなど些細なこと、来る勇気がほしいものだ。だから幹事の一番重要な役割は会場設定、会計より、また来年も来たくなるような雰囲気つくりと思う。

なかで小学校の同級生というのは、たまたまその地域にいた住民の子弟というだけで、試験もなにもないから家庭環境ひとつとってもばらばらだ。それに卒業が昭和29年だから、今とは大いに違う。中の一人が言っていたが「勉強ができなかった。親から「今日は学校行かないで、大根を抜くのを手伝え。」といわれるとうれしかった。」などという。かと思えば教育熱心で、中学校から私立に行くのだと勉強した生徒もいる。彼女は今日はバイオリンを抱えてやってきた。何でも今ではどこかの楽団に入って演奏をしているのだそうだ。A君がなかなかご執心だ。ひじでつっついて「おい、彼女の隣にすわらないでいいのかい。」というと「家庭争議を起こすなよ。」とにらまれた。
そして学校でてからのさまざまな人生。しかし競争しているわけではない、利害関係があるわけではない、それぞれにあっちに転がり、こっちに転がりしてここまでたどりついたそれぞれの人生をもっている。もうこの年だから、不幸にして他界してしまった人もちらほら。あるいは老人ホームに入り、もう会の便りはいらぬといってきた人、どこに行ったかわからぬ人もずいぶん沢山いる。全体60人からのクラスだったが、そのうち葉書を送る事が出来たのは40人にすぎない。

今日集まってきた人たちを、無理にひとことでくくるなら、勝ち組である。とにかく健康で、まともな道を歩み、会費があるからそれを払えるくらいにはリッチで、適当に幸せな人々である。そうなれたことを素直に喜びたい。
なかでも私が今日うれしかったのはB君が出てこられたこと。奥さんを亡くされ、その後、脳梗塞で倒れて西荻窪の病院に入っていたときお見舞いに行った。そのとき意味不明のことなどを言っていたし、寝たきりだったから、もう回復できないのじゃないかと心配したものだった。杖をついてはいるが大分やせて口ひげなど林むしろ男前になっていた。「ショーン・コネリーみたいだ。」と一人が言うと「その弟のショーン・ベーンだ。」と別の誰かが茶々をいれた。親戚筋に当たる別のC君が懸命に面倒をみていた。「ときどきふわーっとする。バスを降りると運転手がすぐ発車させるだろう。あれが恐い。それから歩道をぶっ飛ばしてゆく自転車、いつもひやひやだ。」とこぼすが明るい。

これくらいしかいないと幹事の選定に苦労する。特に女性。「仕事はすべて男がやるから。でも女性がいないとほかの女性がこない。」と頼み込む羽目になった。結局D君とEさんになった。

「再開とB君の病気回復を祝って」とF君の音頭ではじまったパーテイは食事もうまく、3時間をすぎても楽しくて終らなかった。その後も喫茶店で談論風発?周りの人は少し迷惑だったかも知れぬくらい・・・・。それでも暖かい気持ちを心に抱いて帰ることになり、私は投資?の見返りは十分だった。

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