「メシ食った後・・・・。」その言葉を聞いたとき、私は彼女が嫌いになった。彼女は私たちの時代に大ヒットした有名な女流歌手を母に持ち、ニューヨークに子どものときから住み、数年前にデビューして大ヒット、その後もヒットを繰り返し、長者番付にのるほどである。歌はうまいのだろうが「お里が知れるよ!」
「ご飯、食べてきます。」今我が家は近くの工務店に頼んでちょっとした改造をしてもらっている。昼時、私と同年代のその大工さんは昼時工務店に戻るか、その辺の食堂かに食事をしに出て行く。ご飯という言葉が妙に新鮮に聞こえる。
「ジェンダーフリーというのがあるでしょう。あれのせいよ。」と私の女友達。
ウエブサイトで調べてみる。以下抜書きで自分なりにまとめてみると・・・・。
ジェンダーとは生物学的に規定された「sex」ではなく、社会的文化的に規定された性差「gender」を意味している。この概念は、60年代から70年代にアメリカで起きたウーマンリブ運動に起源を発している。この運動は、女性が男性に支配されているという「性支配構造」の撤廃にある程度の成功を収めると、男女と言う枠組み自体に差別構造が内在している、との認識に至りこれを解消しない限り真の解放はないと考えられるようになった。こうして「男女」という枠組み、すなわち「男・女らしさ」を撤廃しようと言う動きがでた。これジェンダーフリーである。
しかしそのアメリカはこうした思想から急速に脱却しつつあるとのこと。その「毒」を現実の物として認識したかららしい。女性が家事や育児をすることを不利益とは認めなくなり、圧倒的に多くの人が「差別」でないと考えているようだ。一方日本では男女参画社会という美名の下にその危険性が巧みに隠蔽され、しかも行政指導の下に行われているというからその病理は深い。その一端を見ると
「赤いランドセルは女の子、黒いランドセルは男の子、というのは偏見をうむので全員黒にする。」「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、という話は偏見を生むので、桃太郎の話は扱わないことにする。」「「おかあさん」「お父さん」という呼称は、性差に基づくため、名前で呼ぶことにする。」「トイレも更衣室も男女別にする必要がない。」
この結果「清掃中」の札をだしたトイレ内で小学生が複数の中学生に輪姦された、高校生の修学旅行で男女混合名簿で部屋を分け、その結果妊娠してしまった、などの事件がおきているという。
ある評論家の意見:ジェンダーフリー教育のおかげで子どもたちが非常に行儀が悪くなっている。立ち居振る舞い、言葉遣い、特に女子がひどくなり、娼婦のような化粧をするようになったり、スカートが非常に短くなっている。性に関して無防備になっている上、羞恥心がなくなってきている。・・・・男の子もダメになっており、悪口や小言をいう子が増えた。女の子をくどけない男がふえ、セクハラを恐れて誘わない。こうして日本の若者はオール結婚難に陥ってしまった。少子化の原因はここにあると思う。
ただ最近行過ぎた運動に対し、批判の声が上がっていることに光明をみいだす。千葉の堂本知事は、ジェンダーフリーの急先鋒だが、「ジェンダーフリー教育の禁止を求める請願」が最近受理されている。この請願では「教育現場で極端な性差解消、伝統・文化の否定、多様な家族形態という名の家庭崩壊の勧め、常軌を逸した性教育が行われ,次代を担う子どもたちの人格形成が憂慮される」と指摘している。東京都でも石原知事等が中心になってこの問題に取り組んでいると聞く。
最後にある医事評論家の話:2015年頃、日本の育児の荒廃、母性の荒廃は満開に達すると思う。そのときには異常の正常化がおき、子どもを正常に育てられないのが当たり前、親も離婚するのが正常しないのが以上になってしまう。今の中学生が親になる頃には、まともな親のほうが例外でしょう。
そんな日本を見たくもない・・・・・。
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