368「ドアを蹴破ったのはだあれ?」(6月13日(月)晴れ)

5月6日に突然停電し、それが古くなった湯沸かし器の漏電と分かり、交換ということになった。ところがそれが発展して、この際、暖房系統を個別空調で統一しよう、さらにそれならトイレも変えよう、和室の壁や襖も交換しよう、洋間の床はぺこぺこしているから張り替えよう、などと膨らんだ。結局200万円近くもする大修理。
この家を建てたとき値切ったら、工務店が言ったものである。「家は建てた費用だけ、修理などでかかるといいますから、せいぜい勉強しておきますよ。」その通りになった。屋上の防水塗装修理、家の外壁修理、二階和室の洋間改造、エアコン取り付け、そして今回・・・ずいぶんやるものだ。
その上外野はいろいろ言うもので、陶器の先生は「この際、思いきってやっちゃいなさいよ。床暖房はどう・・・?」私はこの2,3年、冬、ストーブを客が来たとき以外つけていない。しばらくヤセガマンを続けるつもり。親戚の一人は「建て替えちゃいなさいよ。」鉄筋コンクリートの家は撤去だけで1000万近くとか・・・そうは問屋がおろさぬ。

家の中の修理は、金以外にも大変で、大工や左官が来ているときに家を空けるわけには行かない、その上工事中の部屋は使えないなどいろいろ。私は最近家の中を逃げ回っている?明日から洋間の床張替え。いよいよ本格工事。茶の間も洋間にあるピアノ等を持ち込むから使えなくなり、仕方なくの二階の和室ででも寝ようと考えている。

それにしても、長いこと間住んでいると柱の傷一つにも思い出のあるもの・・・
今日は建具屋がいくつかある部屋の木製ドア、フラッシュドアと呼ぶらしいがそれを変えている。この家で息子、娘が3人育って行ったが、喧嘩をしたのかヒスを起こしたのか覚えていないけれど、3枚もドアを蹴破ってしまった。それを交換しようというのだ。
二階の和室の壁を先週塗り替えた。あれは二人の娘が学校時代「壁が傷だらけだ。」とつぶやいたが、そのとき私の機嫌が悪かったのか「少しは自分で解決することを考えろ。」くらいのことを言った。すると建材屋から和室壁用の塗料を買ってきて自分たちで塗ってしまった。建具屋が「自分でやられたんですね。」と目を丸くしていた。
一階の犬走りは2,3年前まで犬を飼っていたが、暑がりで夏になると犬走りの下を掘り返して底に尻をいれて涼をとりだした。穴はだんだん大きくなり、しまいには体がすっぽり入るくらいになった。スコップで犬ごと埋めてしまおうと、土をかけるしぐさをするとあわてて飛び出してきた。犬走りが自重に耐え切れなくなり沈み始め、ついに途中で折れてしまった。その後始末、コンクリートを打ちかえることになるから10万円・・・・・。

改造をしているうちに、これを機会に自分自身の人生に一区切りつけたい、と考えた。
和室の仏壇の上にこの10何年間の間に他界した父と母と妻の遺影が飾ってあった。和室は私の寝所をかねており、遺影はいつも私を見下ろしているように思えた。仏壇を支えている棚を広くし、遺影を仏壇の脇におき、普段は戸の奥で見えないようにした。
仏壇の後ろから亡妻のお茶やお花の教授の看板がでてきた。亡妻の茶道具などの遺品も整理するつもりで、先日来古道具屋を当たっている。ちなみに仏壇がもう1台あるが、あればっかりは古道具屋では引き取らないそうだ。
そのほかテレビ2台、女たちがいなくなったため使わなくなった鏡台、読まなくなった本など捨てるものもずいぶんある。

ふと人生なんて海岸で子どもたちが作る砂のお城のように思えた。作っているときはその美を、高さを競うけれども、やがて波に現れて消えてしまう。

後記(翌日)
とうとう洋間の床を取り替え始めた。
朝から数人で洋間のピアノ、本棚、食器棚、長椅子等をアコーデイオンカーテンで仕切ってある隣の居間に運び込む。
後は大工の一人仕事。床が全部はがされ根太だけになった。このうちを建てたのはもう30年も前になるだろうか。しかしペコペコして傷んでいたのはベニヤの床だけで根太等は全く異常がない。床下に完全にコンクリートをうち、風通しをよくしておいたからであろうか。「永久ものだね。」と大工。カーペット敷きの床をフロアリングに変えるため、床が二重になり、間に断熱材を入れる予定。そのため、厚くなった床を支える根太が入るように、昭和23年生で木曽福島の出身と言う大工は基礎木の工作に余念がなかった。
自分の居所をすべて二階の6畳に移す。居間と洋間は完全に使えぬ。台所も机を運び込んだから狭い、狭い!

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