高校同期の碁の集まりは月一回第四土曜日に吉祥寺の碁会所で行われる。
碁は嫌いではない。けれど、この日が近づくとちょっとグルーミーな気持ちになる。行くとみな強くて負けるからである。しかし行かないとバカにされそうに思うし、メンバーも楽しいから行きたい気持ちはある。前の回に負けたのだから研究、練習すればいいじゃないか、コンピューターソフトも購入したし、というところなのだが、1時間も2時間も何の会話もなくコンピュータの前に座っているのは正直億劫なのである。つまり嫌いではないが、身も心もささげるほどいれこめない。すると第四土曜日が近づくと、行きたいが行くと負けそうな気分でどうも元気が出ないというわけだ。
A君とやった。彼はとにかく入れ込んでいるらしい。しょっちゅう碁会所に行き、見知らぬ人と手合わせをするのだそうだ。ハンデイ表に従い4目置かせてもらうが、どうも初心者の間はこんなものはあってもいなくても同じ様な気がする。いつの間にか守りばかりに入っている。右上隅でこれはやられた、と思った。ところがA君は最後の詰めの一手を打たぬ。こちらは大喜びで手を入れたが、どうして彼がそうしたのか分からなかった。彼はそんなに心優しく変身したのだろうか。終り頃になって彼は一手いれながら「気がつかなかった?ここは僕が失敗したんですよ。こうすれば僕が全滅だったんですよ。」
くそっ!要するに彼はやられた、と判断して他所に回っただけなのだ。大きく殺されはしなかったが地合でコテンパンである。
「僕は手をぬきませんから・・」とB君。なーに、9目も置かき、その上白石を5つももらうのだから負けるわけがない、そのうちぎゅうという目にあわせてと自分を鼓舞しながら対戦。ガードを固めながらゲームを進める。後ろからA君が「地合は全然勝っているじゃないか。」「じゃあ、ここでやめにしよう。」と思うが、そうは問屋が卸さぬ。B君は「このままだと負けちまうなあ。どこか殺さないといけない。」とつぶやく。途端に彼の目は温厚なウサギから、熊かライオンに変わる。隅の星、3・3双方に打ってある私の地所にくっつけて打ち込んでくるのである。「上手な人はそんなところに打たない。ヒンのない手だ。」といいたいとことだが、彼は涼しい顔である。
後は書かなくても分かっている。A君との対戦で投了したB君は、その鬱憤を晴らすように怒涛の攻撃。とうとう大きな地所になるはずだった大石が二つも殺されてこちらは投了。「いやあ、阿笠君とやっていると楽しいなあ。」「うるさい、こっちはちっとも楽しくない。別に用事もあるから帰る。」するとみんな「また、お願いしますよ。」
喫茶店に行くが収まらない。大体9子をあんな風に星におくなんて誰が決めた。4列目に一列に並べて3列は確実に弱者に地所を与えるべきだ、あるいは9回好きなときに2度続けて打たせればいいのに、など馬鹿馬鹿しいことを考える。
夜、元気の出ない私はコンピュータを中級にセットして対戦。さいわいなことにコンピュータは紳士的である。既に確定した地にうちこんで、こちらの腕をためすようなそんなえげつないことはしない。
ここでそれをするのは対戦している私の方である。
攻める、というのは楽しいものである。世の中の半分の人は攻められる方が楽しいのだ、という話を聞いたが、これについては別の機会に・・・・。少なくとも私は攻める方に快感を覚える種族。えげつないことをしてコンピュータをだましてやろう、と思う。楽しいときにはアイデアもわく。確定した地もむりやりはぎとってしまう。コンピュータの画面が次第に青くなって、汗が流れ、「やめて、よして・・・」とつぶやく・・・・。
結果、私の勝利。ようやく溜飲をさげた。B君も今の私のような気分で、昼間は私の黒石をせめていたのだろうか。
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