「メルハバ、トルコ旅行の感想!」について、次のようなメールを同期の友人から貰った。彼女も、私と相前後してトルコを旅したのだという。
「報告ではあのアガサ・クリステイの定宿としていたイスタンブールのホテル「ペラ・パラス」のことが書いてありませんでしたが行かれなかったのですか。私はほんの少しの自由時間にそのホテルに行ってお茶を飲み、彼女の部屋をみてきました。8畳ほどのせまい部屋に質素なベッドが二つ、デスクも小さいものでした・・・・」
結構忙しいパック旅行で、私はペラ・パラスには行かなかった。地図で調べると金角湾の北側新市街にある古いながら超高級ホテルのようである。
メールの彼女は「私はミステリーが苦手で彼女の本はよんでいません。今度お会いしたときにトルコの話が出来るのが楽しみです。」そのときに知ったかぶりをするために若干の準備をしておこうと考えた。
手元に早川書房の出した「アガサクリステイ読本」があった。これとウエッブ、あとは私の推理小説読書暦が武器である。
アガサ・クリステイは、1890年英国南西部トーキイの上流階級の子として生まれた。1914年にアーチボルト・クリステイと結婚、夫は第一次大戦に加わり、彼女も地元の病院で看護婦として働いた。このときに得た毒薬の知識が、後の推理小説に役立ったといわれる。処女作は、1920年の「スタイルズ荘の事件」、早くも名探偵エルキュール・ポアロが登場し、毒薬?ストリキニーネが使われている。1930年に14歳年下の考古学者マローワンと再婚した。結婚後、夫と共に1年の半分以上を発掘現場に滞在する傍ら、2-3作のペースで作品を発表し続けた。発掘の成果は1967年にまとめて発表された。
「アガサクリステイ読本」に「中近東のクリステイ」という評論があった。クリステイは中近東を舞台としたミステリーをいくつか書いているが、年代順にあげると「メソポタミヤの殺人」「ナイルに死す」「死との約束」「死が最後にやってくる」「バグダッドの秘密」である、としている。
しかし「オリエント急行殺人事件」を忘れるわけには行くまい。大体そのほかの作品は中近東といってもイラク、エジプト、イスラエル、古代エジプト、イラクでいづれもトルコとは縁がない。のみならず旅行ガイドブックをみるとペラパラス・ホテルについて「クリステイがこのホテルに滞在し「オリエント急行殺人事件」を執筆した、とある。
作品が発表されたのが1934年だから、執筆はその少し前ということになろうか。まだ新婚気分で楽しい時であろうか。映画化され、私も見たのを覚えている。
厳寒の季節に帰途に着いたポワロは、シリアをたち、イスタンブール経由で、フランスのカレーにむかった。しかしこの天候、ユーゴの山の中で雪に閉じ込められてしまった。そして最初から感じの悪かったラチェットというアメリカ人が、満身12箇所の刺し傷を受けて殺された。浅い傷あり、深い傷あり、乗客には全員アリバイがあった・・・・。この先は本を買って読んでみてください。
なおイスタンブールで正確にはポアロはアジア側のハイダルパシャ駅に着き、荒れたボスポラス海峡を渡り、一泊することもなく、ヨーロッパ側のシルケジ駅からオリエント急行に乗っている。
最後に、クリステイは、再婚について次のように言っているとか・・・・。
「考古学者というのは理想的な夫ですわ。だって奥さんが年をとればとるほど、高い値打ちをつけてくれますもの。」彼女は1976年に亡くなるまで二度目の夫に添いとげた。
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