小用にトイレに入る。するとどこからかシューシューとささやくような音。
正面の曇りガラスをにらみつけて考える。排水の流れる音だろうか、それにしては台所で食器を洗ったのはもう2時間も前だ。
ネズミの出す音だろうか。ネズミは2月ばかりまえに出現しだした。それで電磁波を出す装置を取り付けたり、穴をふさいだりしている。最近音が減ったように思える。しかしネズミの出す音はガサゴソという感じだ。少なくともシューシューではない。
シューシュー、なんだか導火線の火でも燃えるような音だ。我が家に爆発物が仕掛けられた?冗談じゃない。
おや、そう考えているうちに音がやんでしまった。なぜだ、何の予兆なのだ。
我が家のトイレは和室や洋間と廊下を挟んで北側に面している。半畳くらい。洋式の便器。周りは漆喰で固めてある。下はタイル張り。上は普通の合板。北側はラッチ式の曇りガラスの窓。廊下に面した入口は合板フラッシュドア。中央三井信託銀行でもらった、子供たちが遊んでいる漫画の描いてあるカレンダーが飾ってある。
新婚の家庭などに行く機会があるといつも思う。どうして我が家のトイレはこう殺風景なのだ。今度、臭い消しを買ってこよう、花も生けたほうがよい、何か小さな飾りでもないか、などと考えるが、男一人の不精生活・・・・すぐ忘れてしまう。
用を終えて外に出る。疑問は残ったままである。
夜半、またトイレにゆく。またシューシューという音。
一人しかいない家。ほかに聞こえる音といったらない。ただシューシュー。シャーシャー・・・これは私の小用の音。急に背筋が寒くなってきた。きっと裏庭に何かがあるに違いない。物置で何か起こっているのかもしれない。
大切なものを引っ込めるのもそこそこに飛び出す。寝巻きのまま外に出る。寒い。立春とはいえ、まだ2月になったばかり。本当に寒い。シューシュー、シューシュー。隣のアパートから聞こえる様でもあり、そうでない様でもあり。
物置に耳を当てる。金属製の壁がひどく冷たい。枯葉の残る地面はよく見えない。影に隠れて妙な動物でもいるのだろうか。月明かりも、隣の庭園灯の明かりもここまでは届かぬ。音はいつの間にかやんでいた。思わずくしゃみをする。風邪を引いちまうぞ。
あわてて引っ込んで布団にもぐりこむ。体を海老みたいにして温める。もう、これから何が起こったって知らない!布団の温かみを感じるに連れてだんだん眠くなってきた。
朝になる。寝巻きを着替えて、そろそろと起き上がる。
何も異常はないだろうか。台所をこわごわと覗く。それから茶の間、洋間。まだまだ2階があるが、そこまではいいだろう。
またトイレに入る。シューシューシューシュー!もう知らない。
大勝負!今回は大である。便器に座り込み、ドアを眺める。フックにつるしたカレンダーがかすかに揺れている。まさかと思いながらドアを開け、強く閉めてみる。カレンダーが大きく揺れた。カレンダーがドアをこすれてシューシューシューシューと音を立てた。少し時間がたつと振幅が小さくなり、音がやんだ。
(2月27日)
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