手元にある岩満重孝の「百魚歳時記」によると、魚偏に土八土と書いて「ムツ」と読む。この字はウエブでは表示できぬようだから、ここでは単純にムツと書く。スズキ目ムツ科の魚である。ムツ科にはムツとクロムツがある。幼魚のころは浅海にいるが、成魚になると300m以上の深海にすみつき、50cm以上にもなる海魚である。煮つけが定評で、冬の味覚として一度は試みるべきだろう。
魚屋でムツの子どもを見つけた。5匹、皿に盛られていて280円。
「どうやって食うのかね。」「塩焼きだよ。」とぶっきらぼうにお兄さん。後で計ると500gくらいあったから一尾100g見当。小ぶりの鮎くらいの大きさだ。
今はサンマに、いわしに、鯵に、鯖に、カツオに、シャケに、少しきばってイサキ、タカベくらいか、ムツは少し珍しく感じ、買ってしまった。
ビニール袋をぶら下げて帰り道、高校同期のB君にであった。
「やあ」「やあ」「一人身は、メシを自分で作らにゃならんからね。」するとBも「オレも同じさ。今日は太刀魚の刺身だ。」「珍しいのを買ったね。」「なに、後何回食えると思っているんだ。ところでその袋はなんだい。」
「ムツの小さいのを売っていてね。」とビニール袋を見せると「そいつは煮るとうまいよ。」
「あら,揚げるのがいいわよ。」突然女性が話しかけてきた。驚いてふりむくと、いつも行く八百屋の中国系のお姉さんである。少しアクセントのおかしい日本語で
「塩を十分ふって、天日でほして、油で揚げるとカリカリになっておいしいよ。」
「今晩の夕食に食べるんだぜ。」「さすがに中国流は料理の発想が違うなあ。」
などというと「煮付け、ダメね。この方法、絶対おいしい。少しの時間、ほしただけで十分!」と譲らない。
二人と別れて家に戻ると、なんとなくあのお姉さんの言っていた方法にチャレンジしてみようと考え出した。腹わたを取り、塩をふり、考えた。どうやって干してやろう。猫が来ないだろうか。干物を作る漁師はどうしているのだろう。
二階の物干しの竿二本の上に、電子レンジで使う金網をのせ、その上に件のムツをならべた。すると今度は鳥が心配になった。カラスでも来てついばまれたら一巻の終わりである。鳥は匂いではなく物を見て餌と判断する、と聞いたからビニール袋で覆った。風は脇から入るから大丈夫だろう。後は大風か地震でひっくり返らないことを祈って部屋に戻る。しばらくしてゆくと、猫もカラスも来た様子はなかったが、腹からはみ出した小さな肉片に蜂がぶら下がっていた。懸命になって丸め、小さくし、最後は口にくわえて飛んでいってしまった。それまで5分・・・時間に余裕のある私ならではの話し?
3時間くらいたつともう夕食の時間である。一匹だけを皿に取り、鍋に油を熱し、弱火で揚げてみた。6,7分くらい上げたろうか。ほかほかのうちに食うとなかなかうまかった。
ガールフレンドのAさんに電話する。
「明日、食事、一緒にするだろ。」「そうしましょう。何か面白い事あった?」
そこでムツの話をした。まだ4匹ある、外に干してある,と話した。
「え、それを私に食べさせるの。話を聞いていていやな感じがした!」と電話口からあわてた声が聞こえた。「だって、おいしい。」「一晩外に出しておいたらどうなると思っているの。雨が降るかもしれない。ゴミがつくかしれない。風で飛んでしまうかもしれない。腐ってしまうかもしれない。」
分かった、分かった,泣く子とカノジョ、と外にあったムツは冷蔵庫へ。明日は格別においしいムツの子のカラアゲになるぞ!
後記
ムツの子のから揚げは、なかなか好評だった。調子に乗って、後日、小さめの金目鯛(一尾=200g強)が入ったので、やはり塩をして、干した後、今度は焼いてみた。これもなかなかうまかった。短い時間でも干すことによって水気がとれ、うまみが増すように感じる。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha