1 壁の向こうの隣人
おい、ねず公!
気に入らないやつだ。ガリガリとうるさいやつだ。
なるほどおれは一人暮らしだ。だから少々夜になると人恋しい。だから、息子や娘やあるいはガールフレンドのAさんにたいした用も無いのに電話をかけたりするのだけれど、鼠恋しいわけではないんだぞ!
夕べはよくも私の神聖なる食卓の上に登って、盆のりんごをかじってくれたな。あれじゃあ、人に出すわけに行かぬ。仕方が無いから残りを食ってしまったが・・・。
それからおとといだ。お前台所に大根をかじってくれたな。それから米袋に小さな穴を開けてくれたのもお前たちだな。
お前たちは夫婦者だな。泣き声は聞いたことはないが夜聞こえるがさがさという音でわかる。強めの遠慮のないガリガリ。それに答えるようにしのびやかな、ささやくようなガリガリ!新婚なのか。それにりんごや大根のかじり跡でわかる。大きなかみ跡と小さなかみ跡がふたつついていたぞ。
だけどお前たちがつがいであるとするとそれだけでこちらは困るというものだ。塵劫記という書物を知っておるか?江戸の昔に書かれた有名な書物じゃ。それによるとお前たちは精力絶倫、繁殖力抜群、十二ヶ月で276億匹に増えるというではないか。確かにわれわれの祖先大黒主命はお前たちに助けられたし、正月鼠の年取りといって、お前たちの旺盛な繁殖力をほめ、餅をそなえ、その食べ方によって年の豊作や吉凶を占ったこともあった。ヨメゴ、ヨメサマ、アネサマなどという風習もあり、また俳諧では嫁の君といっている。
しかし276億匹だぞ!冗談ではない。
大体お前たちはどうしてこの家に住み着いたのだ。権利金も敷金も家賃も払っていないじゃないか。おれはそんな契約をした覚えは無いぞ。それが276億匹だと・・・・・そんなに無賃で住み着かれた日にはこちらは破産してしまう。
ついに堪忍袋の緒が切れた。実力行使だ!
おれは残酷ではない。だから、お前たちを撲滅するために石見銀山などという野蛮なものを使う気は無い。大体そんなものを使ってお前たちがわが屋敷の天井裏ででも腐りはて、ウジ公など沸いてきたりしたらたまったものではない。
昔は猫殿を飼ったこともあった。お前たちをみてこわがるようなだらしないのもいたが、あの三毛公などは一晩で6匹も捕まえ、食いきれぬものだから台所にお前たちの死体を並べたものだった。しかしあの三毛公も締りが悪くて、座布団の上に糞をたれた。それを恐れ多くも一昨年なくなられた親父様が踏んづけられ、大騒ぎしたことから、我が家では家訓として猫は飼わぬことにした。お前たちも三毛公の活躍で円満に家を出て行ったから、以来、我が家とお前たちの間には友好的関係が保たれていたのだ。それを何だ、いまごろ戻ってきやがって。
檻をつかってお前たちを捉えたこともあった。しかし東京都はどういう了見なのだろう。檻に入れたお前たちの収集日が無いのだ。捕らえたお前たちをどうしろというのだ。
しかし今日街で面白いものを見つけたぞ。ペストXという海の向こうアメリカで開発された商品で、コンセントに差し込むと、電線に沿ってお前たちのきらいな超音波を出すのだそうだ。「人体に影響は無いのか。」と聞いたところ店員は「アメリカでは影響が無い、とのお墨付きをいただいてますが、日本では影響が無いことはない、ということです。」と言っていた。しかし、あいにくだな。そのくらいでおれが購入をやめるものではないぞ。影響が出るといったって、子供に影響がでるとかそんな類だろう。おれは男だからね、それにもう歳だからそんな心配は無いよ。
さあ、スイッチをいれたぞ。ランプが点滅しだした。気分悪いだろう!ビッビッビビビのビビビビビだぞ!さっさとでてゆきやがれ。隣の片岡さんや会田さんの家は居心地がよさそうだぞ。それからこのペストXとやらはゴキブリ君にも利くそうだ。彼らも我が家は歓迎しない。よろしく伝えて出て行ってもらってくれ!
おや、静かになったな。大丈夫か?アデイオス、かな?また、さびしくなるな・・・・・。
2「その後のネズ公」(3月1日 晴れ)
ねず公はPESTXを取り付けた後もガサガサやっている。薬屋に行き、ネズミほいほいとドラという製品を買ってくる。前者はボール紙に鳥もちのようなねばねばがついており、その上をネズミが通るとくっついて動けなくなってしまう、後はそのままポイすればいい、という商品である。後者は袋の中にえさが入っており、ねずみがそれを巣に持ち帰り、ほかのネズミと一緒に食べて全滅してくれる、という代物である。
台所と居間に設置するが、一向にネズミはボール紙の上を通ってくれないし、袋も持ってゆかない。薬屋に抗議すると、おかみさんは「ああ、やっぱりそうですか。」というだけで,後はだんまりである。
ネズ公はその後テーブルの上の蜜柑や犬の餌をかじった他、おそれ多くも3度ほど私の目の前に現れた。
我が家の居間は洋間とアコーデイオンカーテンで仕切られている。電話は洋間のコンセントから取って居間の床においてある。午前4時ころ、読書をしているとそのコードがゆれた。あわててアコーデイオンカーテンをあけて洋間を点検したが、とっくにネズ公は消えていた。これが1回目である。
台所と居間の間は木製のフラッシュドアで仕切られている。フラッシュドアと洋間と仕切るアコーデイオンドアの間にガスセントラルヒーテイングの室内機がある。2度目、ネズ公はやはり同じくらいの時間にフラッシュドア入口に現れ、こちらに気がつくと室内機の後ろにもぐりこんだ。洋間側に出たかとも考えたが、そうでもないようで文字通り消えてしまった。3度目はもっと図々しい。アコーデイオンカーテンの下から小さな顔を覗かせたのである。こちらにきづくと目にも留まらぬ速さで、室内機の前をとおり、ぐるっと回って奥に消えた。
室内機の奥を探ってみると布切れなどの妙なものが有る。巣の材料らしい。そしてやっと気がついた。室内機に通じている給湯配管の通り道が3センチ角くらい切ってあるのだが、そこにもぐりこんで壁の中に入り込んでしまったらしい。
筒井工務店や陶芸教室のおばさんたち、それにインターネットの情報を集める。
最近くまねずみというのが増殖しているのだそうだ。もともと新宿のビルなどに住んでいたのだが、都市化の進展と共に郊外に移ってきているそうだ。頭がよくて、鳥もちは鼻の先で動かし、よけて通るそうだ云々・・・・。撃退方法は猫を飼うことを別とすれば、ねずみの嫌がる環境作りが大切!
1 まずは侵入路をふさぐのが大切
2 えさになるものをかたづける
3 新聞紙、ポリ袋など巣の材料になるものを片付ける。
そこで私は、台所や居間のむき出しになっている食料品を冷蔵庫などに全部しまった。給湯配管奥の穴をテープなどでふさぎ、各室の仕切り(アコーデイオンカーテン、フラッシュドア)を必ず閉めておくようにした。
PESTXとこれらの対策の相乗効果なのだろうか、最近ではガサガサの音を聞かなくなった。出て行ったのだろう、と楽観しているが、真相はまだ不明な感じもする。
最後にクマネズミは頭の幅、直径1.2センチくらいあれば、肋骨の構造が変幻自在の形になるため、体をしごくようにして通り抜けてしまうのだそうだ。
(3月3日)
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