411「TX(筑波エクスプレス)で筑波山ハイキング」(12月2日(金)曇り)

それにしても便利になったものである。秋葉原から45分、シャトルバスに乗ればもう筑波山神社は目の前。高校時代の仲間との山の会。仲間の一人が「えにも言われぬ」紅葉、と月並みに言ったが、今年の紅葉は遅く、ここ筑波では今が一番見ごろ。
シャトルバスの終点つつじヶ丘駅で降りる。おみやげ物や数店立ち並び、少し高いところには陶製のガマガエルの像がひかえる。なぜかロバが一頭のんびり草を食んでいる。

筑波山は頂上が877mの女体山と871mの男体山に分かれている。日本百名山に入っているが、その中で一番低い山である。ここから登るのは女体山。1.8kmをロープウエイに沿って登る。しかし距離が短いからといってバカには出来ぬ。登山道は半ば整備されている程度、岩が多く、階段があっても段差がきつい。
真ん中あたりに弁慶も引き返したという「弁慶七戻石」、いまにも落ちてきそうな巨石が頭上にあり、さすがの弁慶も七回戻ったとされるところ。「さて弁慶は関西の人、奥州平泉に落ちのびた時も裏日本を通ったはず、こんなところにきたかなあ。」「いやさ、牛若丸が、鞍馬山から平泉に逃げたときに一緒にここを通ったのさ。」真偽のほどは知らぬ。他にもところどころにある巨岩に、「胎内くぐり」だの「出船・入船」だの「大仏石」だの面白い名前をつけられている。

問題はこの石の由来。調べたところによると筑波山の山体の大部分は「斑れい岩」と呼ばれる深成岩(地下深くでマグマが固まって出来た石)で出来ている。地上に現れ山になったのは、約6000万年かけて、ゆっくりと筑波山付近を南端として八溝山地から阿武隈山地にかけて広い範囲で隆起したためである。中腹以下では、このとき岩盤が剥がれ落ち、岩のカケラが積み重なってできた崖錐堆積物が、岩盤を毛布のようにおおうこととなった。これが登山道の途中でみられるごろごろとした岩だそうだ。
頂上には小さな社が設けられ、それをぐるりと回ると岩場。ぐるりと360度に近いパノラマが開け、風も気持ちいいが、落っこちそうで尻の穴が痒くなるかも知れぬ。

女体山から少し下ったところで昼食。最近、癌で他界した仲間の一人の奥さんが贈ってくれたワインがなかなかおいしい。近くにガマの油売り口上誕生の地といわれるガマ石がある。投げた小石がガマの口に入れば出世するとかで、もう手遅れだが、一応投げてみる。
男体山のふもとにまたお土産屋街。名物の一つにもちろんガマの油。
「サアーサアーお立会い、ご用とお急ぎにない方はゆっくり聞いておいで。遠出山越え笠のうち、物の黒白出方善悪がとんと分からない、山寺の鐘がゴーンゴーンと鳴るといえども・・・・」
「ガマガエルを鏡張りの箱に入れると自分の姿に驚いて脂汗をだすが、それを集めて煮詰めた薬」となっているけれど、もちろん大嘘。
大阪夏の陣で徳川方の軍医だった筑波山中善寺の住職・光誉上人という人が負傷者の手当てに使った油薬のことで、よく効いたのだとか。上人がガマガエルに似ていたことから「ガマの油」として評判がたったらしい。「中国のマー油みたいなものじゃない?油ならどんなものでもいい。」と誰かが言ったが、何が原料なのかは善く分からぬ。

男体山の頂上もきわめるが女体山と似たようなもの。ここから筑波山神社を目指しておりる。しかしこの下り坂は相当急と、経験者の一人が言う。疲れていたこともあって、軟弱な私は、数人とケーブルで先に降りてしまった。
筑波神社は徳川家康が江戸城守護の霊山として祈願所を置いて以来、将軍家の信任厚い名刹で国の重要文化財に指定されている。遠くに赤い袴の巫女がみえる。
筑波山温泉センター「筑波湯」につかり、ビールなど飲もうとしたとき、歩いて降りてきた連中も合流。後はわいわいとお定まりのコース、とあいなった。

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