415「小学校の女の子が殺される・・・・」(12月11日(日)曇り)

広島で小学生の女の子が殺されたニュースは大ショックだったが、すぐに栃木でまた別の女の子が下校途中に誘拐されて死体で見つかりまたまた大ショック。
ところが今度は京都の学習塾で12歳の女の子が、学習塾で教師に刺し殺されてしまった。

犯人は同志社大学4年生。写真で見る限りさっぱりした青年に見える。しかし数日前から凶器を買い求めており、その日も同僚に10人以上いる生徒をアンケートをとるからと偽って、別室に移動させている。二人きりになり、部屋の鍵まで閉め、モニターの電源までぬいて犯行に及んだというから、用意周到な計画殺人であることは間違いない。
親たちは学校途上も危険、学校も危険、塾も危険となったらどうすればいい、などと言っている。しかしこの事件は明らかに前の二つの殺人事件とは異なる。

原因は憎しみである。周囲からの圧迫に対する暴発である。
当然のことなのだろうが、彼の立場から見るとどうなるのだろう。
同志社大学学生といえばまずエリートとして育ってきたと考えていいだろう。それだけにプライドは高い。停学処分をくらった、とはいいながら挫折を本質的には知らぬ。塾の教師というのは、彼に新しくよってたつところを与えたのかも知れぬ。

一方自我の芽生え始めたこのくらいの年齢の女の子は、男にとっては難しい。私などこの年齢になっても孫のあつかいで戸惑うほどだから、大学生くらいでわかるわけはない。最近の子はわがままに育てられているケースが多い。その結果、当然のことながら自己主張が強くなる。好きなものは好き、きらいな物はきらい!そして女の子は、腕力では弱いから当然ではあるが、ずるくもなる。気に入らないと自分の都合のよいように親や味方になりそうな大人に訴える。言いつける、というやつである。
女の子と彼はなかなかソリが会わなかったらしい。どういう部分でソリが会わなかったのはまだ明らかでない。ただここで一つ注意して置きたいのは、容疑者は他の生徒にも評判が悪く、ソリが合わなかった、というわけではないようだという点。親の訴えで、塾、親及び彼は何回か相談した、というが、当然彼が一方的に責められたのであろう。その結果塾側が生徒の担任をはずすことになった。

しかし女の子も親もずいぶん強いなあ、と思う。学校であれば、担任をはずさせるというのは他の生徒のことも考えれば、余程具体的な話でないと取らなかった手段であろう。塾ならば子どもが我慢するか、いやなら塾を変わればよかった、という判断もなりたつ。それだけに容疑者が怒り、矛先が事件を作り出した女生徒向けられた、としても不思議ではない。生徒にとって教師にかわってもらうことはお菓子を変えてもらう程度かも知れぬが、生きがいを感じている容疑者にとって一生の大事とうつったかもしれぬ。12歳であろうと関係なく、もう容赦はできぬ・・・・・。
もっとも普通なら怒りを燃やすだけで自分自身を抑える。しかし彼は前にも傷害事件を起こすなどしているから、切れやすい、ものを多視点でとらえられない、いってみれば経験のたりない、幼児性を残す性格だったのだろう。

今回の結果について容疑者を弁護するつもりなどない。
しかし容疑者を追い込み、追い詰めたのは何であったか、という点は十分考えられてしかるべきである。世論は「塾側は早めに気づき、容疑者を他の教室に振り向けるべきだった。」という。しかし容疑者は複数の生徒を受け持っており、他の生徒が満足しているのであれば、むしろ生徒にクラスを代わってもらい、学校側は容疑者をかばうくらいの事がなければいけなかったのではないか。壊れる可能性は先生にもあるのだ!逆に容疑者が他の生徒にも評判が悪いのであれば、それ以前にやめてもらうべきだった。

後記(12月14日)
容疑者は警察の調べに対して一生懸命やっているのに通じなかった、と述懐しているそうだ。

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