422「自分自身に革命を!」(1月11日(水)曇り)

久しぶりに勤めていた浜松町のゴホンシャに行く。
同じころ退職したA君が「一度会いたいものだ。」というから「どこで?」と聞くと「ゴホンシャの16階の喫茶で昼飯を食おう。」と言ったからである。
しかしゴホンシャというのは気骨の折れるものである。
最近、私は、ポロシャツにセーターを着込みその上からジャケットを羽織る。頭には帽子を被り、物は持ちやすいようにザックに入れて背おう。まさに引退オジサンスタイルである。しかしあそこは背広を着た人たちの戦場だ。
白いワイシャツに、珍しくカフスボタン、その上に古い背広を着て、古いネクタイをしめる。寒いからその上にレンコート。イギリスにいたとき、つまり15年も前に買ったアクアスキュータムである。生地はいいが少々重い。
途中でB君とC君にあった。久しぶりで懐かしかった。しかし後は知らぬ人ばかり、会社を去って5年近く、すっかり遠いものになってしまった。

A君は最近まで赤坂に住んでいた。最近その周りは、開発ラッシュでものすごくうるさいのだそうだ。REITという方式がある。出資者から金をあつめ、よい土地に建物を建て、賃貸し、上がった収益を出資者に配当するものである。これがものすごく盛んで、既存の数階建てのビルまでどんどん壊して建て替えるらしい。A君は大分の歳のお母さんと弟さん一家である。お母さんのことも考えて、今回話があったのを機会に田園調布に引っ越したのだそうだ。
「バブル期に建てたらしい家を買った。豪華だが、他人の建てた家は使いにくくて仕方がない。光熱費がうんとかかる。それに田園調布はやけに周囲の住民がうるさい。見られるのがいやだから目隠しをしたら、おばさん連中が来て「この辺は土盛した上に生垣というのがルールだ。生垣の高さも決まっている。」という。個人の権利はどうなるんだ。その上「いやなら出て行けばいいんですよ。」とぬかしやがる。」とぼやいていた。

彼にパソコンを持つことをこの前から薦めている。パソコンを持たない、メールやウエブによる情報収集をせず、耳学問だけに頼っていることは時代遅れだと思う。彼は清里に別荘を建てている。「生活がそちらと半分半分でね。」というから「2台買えばいい」と言ったことを覚えている。しかし今日も「いろいろ忙しくてさ。」と繰り返していた。
16階の喫茶は昼休みをすぎると、急に静かになった。そんなところで余り大きな声で会社の仕事とは関係ないことを話しているのは何か悪い気がして退散することにした。
「今度会うときはもう少し気楽で豪華なところでやろうよ。」というと「ここが安くて便利でいいじゃないか。」と譲らない。「帰ろうか。」というと「うん、僕はここでクリーニングを頼んでいるからそれをとって帰るよ。おさきにどうぞ。」


「やっぱり自分自身に革命を起こす事が大切だよ。」
つい余計なことをつぶやいてしまった。「自分自身に革命」とは、他人の意見や周囲の状況をみて自分自身が変身してゆくことである。変身にはそれなりの勇気と決断がいる。それが出来なくなったとき「老いた」というのではないかとも思う。
繰り返すと彼は「それはいいことを聞いた。」と妙に感心していた。もっとも私は、これは自分自身にも当てはまるなあ、と思った。たまに背広をきてシャンと変身するのも悪くない、と思った。

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