私は案外古いのかもしれない。もうなくなっていいはずなのだが、何となく「家」という意識をもち、「家」を守ってゆくにはやっぱり男の子と考えてしまう。
子達のときもそう考えた。3番目にやっと長男(息子)が生まれたとき「ハイテイチンイツツモ!」と喜んだものだった。
さて孫、これまで3人の孫ができたがみんな忘れ物?をしてきた。
この3月末に息子に男の子が生まれた。何となくうれしい。
しかし孫が生まれたといっても、カミサンに死なれ女手のいない実家では何もしてやれぬ。今日までそのままほっておいた。嫁さんの実家のお母さんが来ていたらしい。生まれたての孫を見に、裾野市の会社の社宅に、いろんなものを一緒にしたお祝い持参で行く。
上の孫娘がこの4月から小学校である。下の孫娘が幼稚園の2年保育か3年保育に入園。息子が「金が跳ぶように出て行く。」とぼやくが、慶事続きである。「苦労が多ければ将来いい事もあるさ。」と私は他人事のように言う。
嫁さんは5時半おきだそうだ。それぞれの対応で、てんてこまい。その上、当の息子があさってから突然10日ほどのヨーロッパ出張になった。「大変だね。」というと、嫁さんは、案外けろっとしている。少し太って貫禄が出たようにさえ見える。
上の孫娘はまた少し大きくなった。100以上の数に自信がないようだが、語彙も増え、おしゃべりになってきた。小学校は社宅から4キロも離れているのだそうだ。社宅で毎朝まとまって出かけて行くのだそうだ。
「疲れないかい?」というと「ううん、平気だよ。」とけろっとしている。それが当たり前と思ってしまうと、案外大丈夫なのかも知れぬと思う。この前小学校5年になる長女のところの孫娘が、我が家に遊びに来たとき、荻窪までわずか2キロ足らずを歩かせるのに苦労をしたのと比較するとこれはナンだ、と思ってしまう。下の孫娘と一緒になって私や息子にケーキか苺を買わせようと頑張っていた。
下の孫娘は大分おしゃまになってきた。こちらも結構語彙が増えている。目がくりっとして、なかなか可愛いく美人系にみえる。もっとも息子にいわせると、頭はいいが、少々ずるいのだそうだ。影ではおねえちゃんがやられる。
みなで近くのファミレスに食事をしにいった。目だったのは上の孫娘の食いっぷり。一人黙々と食い、下の分まで取りかねない勢い。結構なことである。
ご本尊はまだ指をしゃぶっている程度である。気に入らなければ泣き、母乳を要求し、後は寝ているだけ。抱き上げても余り大きな反応はしない。
余程前をあけてチンを覗いてやろうか、と思ったが、嫁さんの手前遠慮する。
これからどんどん変わってゆくのだろうな、と思う。
この子が私の年齢になる頃2070年、想像もつかぬ。石油などエネルギー資源はなくなっているか。環境はどうか。人々はどんな生活をしているのか。クローン人間が出来て、月の工場で働いてでもいるか。それより日本はまだ存在しているか。中国やインドに呑み込まれていないか、英語より中国語が大切な時代になっていないか・・・・・。そしてこの子が私のようになって、自分の孫を見つめながらまた同じように考えるのだろうか。
余り長居して迷惑でもいかんと、早めに来た時と同じに御殿場から小田急バスで帰宅。さっき飲んだビールでいい気持ちになっているところに、御殿場アウトレットの帰り客がどんと乗り込んできた。
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