チューリップは今が見ごろ、と聞いて昭和記念公園にガールフレンドのAさんと行く。
チューリップは、トルコの原産である。もともと砂漠のようなところに生えていたらしい。名前は、ターバン(チュリパ)に由来するといわれている。
16世紀、トルコからオランダに伝えられたチューリップは、風土があったのかたちまち普及。チューリップは他の植物に比べ、交配がしやすく、しかも代を重ねるうちにいろいろ変化するため、一種賭けのような面白さがあった。特に模様の入ったチューリップは高値で取引され、1630年頃からは「チューリップ狂時代」と呼ばれるほどになった。取引に夢中になり、失敗して破産する者も出るほど。余りの過熱振りにオランダ政府は1637年に取引を規制している。
このチューリップが、オスマントルコに逆輸入され、17世紀初頭,アフメト3世の時代に一大ブームとなった。王(スルタン)と宰相たちはチューリップの美しさを競い合い、咲き乱れるチューリップの園内でたびたび大宴会を開いた。世にチューリップ時代という。
日本にはじめてチューリップがやってきたのは、文久3年(1863)といわれている。最初は、薬草のウコンの仲間とカン違いされ、ウコン香と名づけられた。大正時代から本格的な栽培が始まり、欧米と同じ様に、一時期なかなかの高値で取引された。
オランダは、現在でもチューリップ一大生産地だが、日本では新潟、富山の2県が知られている。どちらも県の花をチューリップに指定し、チューリップフェアなどを季節に開催している。多くは米の裏作として植えられるが、花が咲き始めると早々につみとってしまう。花に養分を与えず、球根を採取するためである。新潟県中央にある五泉市のホームページによると、5月上旬に花摘み、6月に球根を掘り出すとし、一部は切り花としても出荷されるとのこと。ある人が「オランダのチューリップは、ほとんど新潟・富山から球根を仕入れて咲かせているもの。それを見て感心している日本人の心が知れぬ。」と言っていたが、どの程度の真偽かは知らぬ。
チューリップは球根から、と書いたが種からも育てる事ができるのだそうだ。種の場合人工的な交配して新しい品種を作る事が可能だが、花が咲くまで5、6年もかかる。ようやく花が咲いても、新しい品種と認定されるのは、何万株のうちの一つ、さらにそれが商品化されるには、気の遠くなるような日数。地味な努力が必要という。
車をパーキングに入れ、早速園内に。砂川闘争などを思い出す立川基地も変わったもの、きれいに整備された公園には気候もよいとて、善男善女?があふれている。
予想通りのチューリップフェア。一重、八重、フランジ、色は赤、白、黄色、ピンク、紫、中にはチョコレート色のものまで、さらにそれらの色が複雑に組み合わさったもの、種類も量もずいぶん沢山。近頃はカメラがデジタル化され、望遠も接写もお手軽になった。素人写真家が、あちらでもこちらでもチューリップ撮影、つきでたレンズを花の中までぐいとつっこみ、撮影する中年男もいる。チューリップは恥ずかしくないだろうか。
仕方のないこととは思うけれども、咲き乱れるチューリップの中に入ってゆけぬ、それから一本も持って帰れぬ、ちょっと残念。せめて切花でも売っておればいいのに・・・・。昔ペルシャの人は求婚する際に真っ赤なチューリップを贈ったという。赤い花びらの付け根の黒さのように「私の胸が恋心で焼け焦げている」との意味を込めたのだとか。それができれば、私も一つか二つ?買い求めて・・・・。
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