買い物に行こうと思ってふと庭を見ると、草が大分はびこっている。気になって仕方がない。「気になる分」だけだから、最初から50センチ四方と決める。その間を丁寧に抜く。何も考えない。まだ今頃は蚊はほとんど出てこない。半そでシャツでもいける。
これがもう少したつと、こうはいかない。長袖にする。手袋をする。草取り用の小さな蚊取り線香をつける。そんなときには少し時間をかけるから、それようの運動靴に変える。頭を攻撃されないように手ぬぐいをかぶる、あるいは帽子をかぶる、あるいは両方。
草は本当は根からぬくのがいい。うまく柔らかい土のところに当たったりするとずるっと根から抜ける。すると地上に出ているものに比べて地下にある部分は、すごく多いことに気がつく。この髭根の一本一本が、地上に出ている緑を支えているのだ、と気がつく。しかし大抵は、上のほうで切れてしまう。こういうのは、抜くというよりむしる、という感じである。
草もいろいろあるが、余り名前をしらない。しかし我が家に勢力を持ちがちなのは、いちにドクダミである。あの白い可憐な花は美しいけれど、抜くと汁のニオイがついてたまらない。あれは白い長い根を持っている。増えるときに竹の子のように根を伸ばして生えてゆくのではないかと思う。タンポポやカヤツリグサ、ヒメジョオンなどはぬきがいがある。大きいだけでひょいと抜ける。チカラシバは芝生と見分けがつきにくい。春の七草のハコベや、小さな球根を抜くのが難しいノビロも良く見かける。これらは戦後信州の田舎に疎開していた頃には良く食べたものなのだが・・・・・。
東京に出て、終戦後の食料がないときだったから、父と母は家の庭を全部畑にしていた。いいつけられて草取りの手伝いをずいぶんさせられた。あの時はいやでたまらなかった。そのうちに弟も言いつけられた。あるとき彼は、それほど大きくないところだが、それこそ一本も残さず完全にぬいて周囲を驚かせた。
その経験のせいか、どうも草を抜くのは面倒くさく感じる。弟に「兄貴は庭をもてあましてる。」といわれた事があった。最近はこんな風に余った時間にちょこっとイヤにならない程度することにしている。一方でその程度でも済むように、裏庭はコンクリートをうってしまったし、表庭は半分ほど芝をはってしまった。だから残っているところはわずかなのだが、それでも元気に草は生えてくる。生命力の強いこと!
草を抜くのが好きな人間もいるらしい。ウエブで草抜きといれたところ500件以上もヒットしたのには驚いた。その中には「私の趣味は草を抜くことです。家の庭の草を抜いたら外の草をぬきましょう。それが飽きたら隣の家のも抜かせてもらいましょう。」そういう人にこそ我が家に手伝いに来てもらいたい。
50センチ四方が終る。少し離れて眺める。草が生い茂っている中でそこだけが茶色い土が出ている。すると隣との調和が気になりだした。隣の50センチ四方をぬく決意をする。そんなことを2、3回くりかえした。1平方メートル近くぬけたことになる。
やっとやめる気になって買い物に行くことにする。家に入って手を洗うのが面倒くさいからそのままでかける。八百屋でにんじんとジャガイモを買ったあと、喫茶店による。少しの時間お茶を飲みながら読書をしようというのである。ところがお茶とケーキで600円もするくせに、お絞りがついていない。
私は注文をした後、何食わぬ顔でトイレにたつ。土で汚れた手を丁寧に洗う。席に戻って至福のひと時・・・・。
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