Xさん、お元気ですか。
あなたもいよいよ今年の6月に定年だと伺いました。この前のお話では、その後の進路について悩んでおられると聞きました。そこでお役に立つかどうかわかりませんが私の考えを述べてみたいと思います。
私が定年と同時に会社から完全に離れて半年がたちます。その後、世間的な目から見れば何もしておりません。
やめるころは2,3の人から言われたものでした。「何かしら社会とかかわっていないと、人間は老いてゆくものですよ。収入の問題じゃない、何かご自分で計画がるならともかくそうでなければ会社に残る努力をしたらどうですか。」会社に行けなくなった、社会に貢献できない、そんなことに一抹の寂しさを感じないこともありません。しかし、会社を完全に去るべきだったのか、どうかと今聞かれたとするなら、断然「やめてよかった。」と私は答えるに違いありません。
人間は、することがないと、考えるものです。たとえばあなたの場合、奥様がいらっしゃるから料理を作ることなど、今まで考えられなかったのかもしれません。
理由はくだらないことに時間は避けない、女のやることだ、忙しい、等々。そしてその結果「芋の煮えたのご存じない。」ということになっていませんか。
しかし料理は、自分でやり始めてみると非常に奥が深いことに気がつきます。あれは一種の合成化学であると思う。素材の組み合わせ、素材を処理する工程、それぞれの時間、それぞれの温度等多くの変数を変えるその結果によって、最終製品の品質が決まってきます。結果の検証は自分自身の舌で確かめることになります。こう考えるとたとえば魚一切れ料理するにも無限に方法があることに気がつき、また興味もわいてきます。
私の場合、読書や健康管理にもずいぶん時間を割くようになりました。毎朝、ラジオ体操をやりに公園に行きますが、現役時代では考えられないことでした。会社におくれてしまう。終わったあと、最近は、ランニングを少し行っています。ペタンクをしている人もあり、あれも面白そうだな、などと考えています。
読書も、最近では家にいてばかりではつまらぬから、喫茶店に行ったり、あるいは図書館に行くなどして量を稼いでおり、人生に対する見方は、ずいぶん広くなったような気がします。本は、役に立つ、という観点よりも、自分にそれが興味があるかという見方で選んでいます。
アパートを経営していますが、その仕事や、自分の持っている財産管理などに費やす時間も多くなりました。新聞はよく読むようになりました。税務署や法務局にも自分で足を運ぶようになりました。
つまり会社人間だとつい後回しにしていたことが、積極的に、丁寧に対応できるようになるわけです。今まで見えなかったあるいは見過ごしてきた事が、よく見えるようになった、そしてそこに生きがいを見出しているという状況でしょうか。
そう言ったって人間稼がなければ生活できない、とあなたは言うかもしれません。しかし年金があれば、食べるのに困るわけではないでしょう。海外旅行に年に3回も行かなくたっていいじゃないですか。いづれはみな年金生活になることを考えれば、いまそうなったってかまわないと、考えればいいでしょう。
自分の将来に対して心配しすぎる人をよく見かけます。しかし、自分の稼いだ金を自分のために死ぬまでに使いきる人はまずいないそうです。子供たちのためにという人を見かけます。しかし子供たちは結局他人になるのですよ。たくさんためれば、あなたの死後子供たちは喜ぶだろうが、もう関係ないことです。
二束三文の金などで会社にしがみつくことはないと思います、やることが無くたってかまわないと思います。自己実現はすばらしいが、しなくたってかまわないと思います。もっとのんびり人生をエンジョイすべきだと思います。もうあなたに残された元気な時間はせいぜい20年しかない、そんな風に考えるべきだと思います。
最後に悠々自適生活を始めるとした場合一言。
最後にあなたに残されるのは奥さんだけ、私にいたってはそれもありません。奥さんを大事にしなさい。それから社会との接点はこちらからは切らないように、出来るだけ大切にしてください。最後になんといっても健康が大切です。運動を心がけ、体力をつけ、年に一度でいいから健康診断を受けましょう。
人生の晩年をどう楽しむか、決めるのはあなたです。しかし会社という檻を抜け出して、のんびり自分の世界を楽しむのもいいと思いますよ。寒さが本格的になってまいりました。ご自愛をいのります。
X様 阿笠湖南拝