茶碗を私はいつものように削り続ける。轆轤でまわしただけで十分薄くなり、軽くなればいいのだけれど、ひじが痛くなりそうなくらい重い。
Aさんが話している。「息子をとられちまったらしい。」
彼女の息子さんは大学をでて3年、神戸に赴任して2年になるという。そこで息子が会って欲しい女性がいる、というので出かけた。
「お兄さんより先じゃない。」「だって仕方がないわ。」
件の女性は若く、きれいで、性格も悪くはなさそうだ。同じ職場で研修に参加しているうちに知り合った、一度彼に振られてしまったが、再び研修でであったからアタック、成功した、という。
すでにほとんど寝起きは息子としているというから、「あなたのアパートはどうなっているの。」と聞くと「弟が時々泊まっているようです。」「あなたが息子と一緒だってことお父さん、お母さんはご存知なの?」「母には子どもの頃から何でも話すようにしていますから知っています。父には母から話しているでしょう。」仕方なく「一度、ちゃんとお父さんにもお話しなさいよ。」というとうなづいていたそうだ。
最近の女性の強さ、結婚する前に同棲することなどなんとも思っていない考え方に少々驚く。私が亡妻と結婚したのは40年前、あの頃は純情だったものだ。そういえばアパートに新しく入居した30過ぎの男も、契約では一人ということだが、部屋に行くと奥の方で女性がごそごそやっていた。
「結婚式は東京でやりなさいよ。」「こちらに嫁に貰うんですよ、こちらの姓を名乗ってもらわなきゃ困りますよ、って釘をさしたわよ。」
そんなことまで問題になるかとびっくり。姓は別としてもこのごろは息子を取られてしまう、というケースが目立つ。収入が少ないと、向こうの親が面倒を見ましょう、とでてくる、嫁さんが何かと理由をつけて実家に入り浸りになるなど、理由はいろいろ。「家」なんて考え方は吹っ飛んじまったなあ。
「ウチヘ帰ってお父さんに「息子、取られちまったわよ。腹を押さえられればおしまいだわよ。」って言ったら、なんだかけろっとしているのよ。」
それでもAさんは、うれしそうな様子である。腹を押さえる、とは要するにメシを食わせてもらうようになったら、ということらしい。
茶碗が大分軽くなって、ようやく削り終えた。削り跡が残るといけないから、スポンジをあててなめらかにする。「じゃあ、この次は新しい土に挑戦したらどうかしら。」と先生は赤い土を取り出してきた。先生は結構土探しに凝っている。島根県の江津というところで取れた土だそうだ。
「結局、息子にしろ、娘にしろ、他人なのよ。」「孫が来ると大変、お父さんなんか、誰も来ない方がいい、といっているわ。」「でもこの頃の嫁は可愛げがないのよ。こちらに買い物を頼んでおいてお金を払わない。お礼もいわないのよ。」「でもあなた、請求したの。」「野菜や肉の値段なんか請求できないじゃない。」「そりゃ、しない方が悪いわ。」「うちの息子にAさんみたいにお嫁さんが見つかればいいなあ。三十過ぎてまだスネかじりよ。」「独立させなきゃだめよ。」「そうよ、独立させて、一人でやっていかなけりゃならないと自覚させると、仕方なく結婚でもするかって、気になるのよ。」「デモね、余り経済的に援助しちゃダメよ。」・・・・・・
おばさんたちの話はえんえんと続く。私は横で聞きながら赤い土に水を少し加えてもみ始める。のんびりした陶芸教室の午後・・・・、平和な日本。
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