世界で4900万部、日本でも500万部売ったとか言う小説の映画化である。
監督ロン・ハワードはラッセル・クロウの「ビューテイフル・マインド」でアカデミー監督賞を受賞した人気監督。主演トム・ハンクスはご存知のとおりで「フォレスト・ガンプ」などに出演した超人気スター。
映画の撮影にもずいぶん凝った。俳優はすべて登場人物と同じ国籍の俳優を使う、シラク大統領も応援、さすがに「モナリザ」に暗号を記すことは断られたので、模写をつかったが実際にルーブル美術館で撮影、ウエストミンスター寺院も使えなかったがリンカーン大聖堂を使えた、など撮影に伴う苦労話は多い。その上一部のキリスト教徒から撮影や上映反対の動きが起こるなど、話題性も十分。
これだけそろえばヒットは間違いないと予想される。事実吉祥寺の映画館で見たのだが、日曜日の午後ということもああって、上演三十分以上前に行ったのに最前列、少々首がいたくなった・・・・。
しかしヒットすることと名画であることは必ずしも一致しないのでは・・・・・。
この映画は小説を読んだ人をターゲットにするのか、全くの新人?をターゲットにするのか。後者とした場合、かなり分かりにくい。原因は原作が膨大で複雑すぎるからだ。
パリのルーブル美術館館長ジャック・ソニエールが殺害されたが、彼は死の間際に自らの体を使って不可解な暗号を残していた。来仏中の暗号学の権威でハーヴァード大学教授ロバート・ラングトンは、暗号を解き捜査に協力せよ、と強引にフランス司法警察ファーシュ警部に、現場に連れてゆかれる。しかし美貌の女性検査官ソフィーが現れ、彼を連れ去る。彼女によれば、彼女はソニエールの孫娘、ファーシュはラングトンをソニエール殺害容疑者と考えているという。そして二人の脱出行と謎解きの旅が始まる。
キリスト教はローマ皇帝コンスタンテイヌス帝のもとで権力を伸ばしたが、そのおり女性排除を貫くなど伝説と聖書そのものの大幅な改竄が行われた。キリストには実は妻がいた。娼婦ということになっているマグダラのマリアである。二人の間に子もおり、その血統はいまだに絶えていない。血統を守ろう、いつか真実を明らかにしようというシオン修道会の総長には画家のレオナルド・ダヴィンチ、科学者アイザックニュートン等の名が挙がる。実はソニエールもまた総長だったのだ。
しかしもしそうなれば、神と人間の間にキリストの存在を説くローマ教会は困る。ここに修行僧シラス等の所属する暗殺者教団オプス・デイが登場する。彼等はシオン修道会とラングトン及びソフィーの暗殺をたくらみ、さらにキリスト教権威の源となる聖杯の秘密を握ろうとする。
以下、二人の逃避行の間に「モナリザ」及び「最後の晩餐」の絵に隠された秘密、暗号解読などのなぞ解きなどが次から次へと出てくる。舞台もフランスからイギリスへめまぐるしく変わる。
これらすべてを2時間余りの映像で説明しよう、というのだから監督も大変だったのだろう。しかし相対的にはスピーデイで迫力もあり、なかなか面白い。
本を読んだ人は・・・・是非見に行ったらいい。復習のつもりで行けば、理解が深まり新しい発見もあろう。読んでない人は・・・・まず原作を読むべし、面倒なら直接見てもいいけれど、あとで勉強すべし、とにかく行くべし。
(いづれにしても行くべし。なぜならこの映画はソニ−の子会社の配給。ソニーの株を少しもっている私としてはヒットしてくれなくては困る?)
註 ご意見をお待ちしています。
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「昔アラブの偉いお坊さんが/恋を忘れた哀れな男に/しびれるような香り一杯の/琥珀色した飲み物を教えてあげました・・・・」
ベネゼラのホセ・ベローニ作曲で、甥のアルバ奏者ウンゴ・ベローニが演奏し世界中でヒットした。原曲は「moliendo
cafe」そのまま訳すと「コーヒーを挽きながら」
日本では昭和36年西田佐知子がいち早くヒットさせた。その後荻野目洋子、井上陽水なども歌っている。ウンゴ・ぺローニの原曲は彼自身が発明したオルキメデアというリズム形式の曲だが、ルンバに似ているので日本側が「コーヒー・ルンバ」と改称し、歌詞も原作とは、にてもにつかぬ陽気なものに変えて売り出し、大ヒットした。
大学に入った頃で、受験戦争から開放された私は、早速社交ダンスを習い始めた。この曲でルンバやジルバを踊った。もっとも音楽音痴、体操だめで、友人から「君、ラジオ体操とダンスは違うよ。」といわれてショックを受けた。
陶芸家の友人岸本恭一君の奥さん静江さんが、今回「コーヒーを挽きながら」(文園社)という同じ題名の小説を出版され、このサイトに何か書いて欲しいと頼まれた。
彼女は東京外国語大学スペイン科卒でNHKスペイン語放送に勤務していた。1980-82年家族と共にメキシコに在住、通訳として岸本君を支えた。
コーヒーを挽くマリーアは、祭りの中で評判のならずものペドロと知り合う。しかし激しい一夜がすぎた後、コンチータおばさんに「身二つになる。」といわれて不安になる。やがて博打に負けたペドロが町を逃げ出す。コーヒー農園主のドン・フェルミンは跡継ぎがない。そこに目をつけ妻の兄のエミリオが農園乗っ取りをねらう。フェルミンの娘と称する母子がやってくる。一方農園では雨が降り続き、コーヒーが収穫できず、従って労働者たちは賃金を払ってもらえず苦しい生活を強いられている。
この村に住んで長いデイエゴは「オナガざるの尻尾で描いたような絵」を毎年1枚描き、ある男に送り続けている。そしてある男からは毎年生活が出来る程度の金が送られてくるのだが今年は来ない。コーヒー農園人夫で身持ちの悪いルーチョの妻ファニータは子ども三人を抱えて苦しんでいる。昨日あたりから息子ヘススの調子がおかしく大変だ。
そんな農園主体の村に試練が訪れた。革命政府ができ、コーヒー豆の税金をあげると通告してきた。経営に苦しむ農園は、人夫たちの賃金をカットしようとするが、もう限界に来ていた。そして話は終盤の反乱へともつれこんでゆく。
作者はスペイン語に対する思いいれが強いらしく、章ごとにスペイン語の詩的フレーズが小さく書き込んであり、ムードを盛り上げる。主人公マリーアに関する部分は・・・
Pedro, te espero para siemple moliendo cafe?
=ペドロ、いつもコーヒーを挽きながら、あなたを待っている。
`Que fue aquella rebeldia tan horrorosa?` Ahora que todo esta calmad, y
nadie recuelda del alboroto. A mi queda solo mi bebe……
=あの恐ろしい反乱は何だったのか、今はすべて静まり、騒乱の跡形もない。私に残されたものは赤ちゃんだけ・・・。
作品は章ごとに話をまとめるなど工夫して感動を盛り上げており、良く書けている。コーヒー農園の実態についても良く調べているようだ。話も面白い。
ただ日本人が海外を舞台にした小説を書くのは、なかなか難しい。読みながら「伝説なき地」「砂のクロニクル」「山猫の夏」などを書いた船戸与一を思い出した。彼の作品の場合、スケールの大きさはともかく、もっと書き込んでいるように見えた。今回の小説は、彼女の処女作のようだ。次回はさらにスケールの大きい作品を期待したい。
最後に私はこれをコーヒーを飲みながら、楽しく書いている。皆さんもそんな気分でこの小説を楽しまれたら・・・・・。