466「ある日のテレビ映画・・・「化石」」(6月18日(日)雨)

「父の日」ということで、次女からイタリア製ワインが届いた。長女からは先日「動物愛護デー」とかなんとかで、黄色いバラの花が届いた。うれしいことである。
日本はワールドサッカーで燃えている。ミュンヘンくんだりまで出かけたサポーターも多いらしい。しかしオーストラリア戦を落とし、クロアチア戦だが、どうなることか。

夕方することもなくテレビをつけると、日本の大会社の社長らしき人物が、パリの高級ホテルでの日本の婦人を見つけるシーンが映った。どこかで見た記憶のある渋い顔・・・。女優の方も見覚えがある。婦人はすぐにパリの実業家マルセラン婦人といい、すでに何度か主人公が見かけていた事が分かる。今度は別の黒い和服の女性が映り、「あなた、あの人が気になるのでしょう。」・・・そして女性との対話。
「一体俺は誰を待っていたのか。一体俺は誰に会いたかったのだろう。この世に生きてきて本当によかったと思えるような誰かを夢の中で求めていたのだ。」
「お友達に飢えていらっしゃるのね。長い間そういう友情に飢えていることすら気づかずにきたのではなくって?仕事、仕事、朝から晩まで仕事・・・・ハッハッハッハッハ」
「果たしてどうかな。橋をかけ、ビルを建て・・・しかしあれが仕事かどうかだなあ?儲けのある仕事しかやらなかった。あんなものが仕事といえるかどうか。」
どうやらこの映画は建設会社のモーレツ社長の話、妻と死にわかれ、件の和服の女性が、亡くなった妻の亡霊、あるいは彼自身の内なる声らしい事が分かる。

その夜のパーテイの席で、元来は酒に強いその社長は2度、三度、嘔吐感を覚える。部屋で倒れ、一緒に連れてきた部下船津の手配により、近くの病院で診察を受ける。ところが夜遅く、担当医から船津にかかってきた電話を船津になりすまして聞いてしまう。「十二指腸に癌が出来ている。場所が悪く手術が難しく後1年でしょう。」
病気を隠しながら日本に戻る。しかし死という現実を見せ付けられて、彼は戸惑う。

この辺で映画は、中休みになり「化石」という映画であることが分かった。
尊敬する先輩を訪ねると、「おれは癌だ。後1ヶ月だ。」と先に告白されてしまった。
「後1年生きられるとしたら先輩は何をしますか。」と聞くと「禅だな。禅をやって過ごしたい。」「もう一度一生をやり直すとしたらどんな人生をいきたいか。」「そういわれても困るけれど、何かきれいな人生を生きて見たい。金とか地位とかそういったものを争う世界でなく・・・・。」その言葉に衝撃を受けながらも、主人公は「俺は違う。」といい続けるのだが・・・・。
生まれ故郷の信州の田舎に行くと、もうぼけかかった義理のお袋と幼友達がいた。名古屋で医者をやっている弟が来ていた。弟は、兄の病気に気づかぬ様子で「息子としての義務はね、少なくともオヤジの死んだ歳まで生きることだよ。」それに「頑張れよ。」と答えるだけが精一杯だった。長女の孫らしい女の子が出てくる。彼は彼女が10歳になることを想像する。しかし20歳になるころはとても想像できない・・・・。

会社はトラブル続き、病気は進んでる様子で、自殺さえ考える。しかし親友の勧めで、社長を後継者に譲り、手術を受けることにする。幸い手術は成功した。「後どのくらい寿命が延びた?」と聞くと、再発の恐れがないとは言えぬが、相当の期間らしい事が分かる。病院に次から次へと見舞いが来た。当初それはみな好意に満ちたものであった。しかし入院が長引くと、何か「猥雑なもの」が感じられ始めた・・・・。
この猥雑なもの、との感じはなんとなく理解できるが難しく感じた。いよいよ退院となったが彼には、もう昔のような仕事に対する気力は失せていた。密に恋心を抱いたマルセラン夫人が来日すると聞いても、余りに変わった自分に会う自信をうしなう・・・・。

一人旅に出るらしいところでエンドになった。役者の名前が標示され、主人公が佐分利信、マルセラン夫人が岸恵子である事が分かった。インターネットで調べると、1975年の映画で、原作井上靖、監督小林正樹、ナレーション加藤剛、第18回ブルーリボン作品賞など多くの賞を受賞した作品だった。ビデオでも販売・レンタルされているらしい。

この社長には及びも着かぬし、すぐに死ぬという状況でもない。しかしおかれている状況が似たようなところもあるように思えて、自分自身の人生を重ね合わせながら、しばらく場面を反芻した。
チャンネルを回すと相変わらず絢爛豪華なNHK歴史大河ドラマ「功名が辻」が終盤を向かえていた。サッカーは10時から放送だそうだが、私自身は余り燃えていない。

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