小泉首相はこの8月15日に靖国神社参拝を強行するのだろうか。事の是非はともかく、気になる本を2冊買ってきた。
上坂冬子「戦争を知らない人のための靖国問題」および高橋哲哉「靖国問題」である。
上坂冬子氏は1930年東京生まれのノンフィクション作家で昭和史・戦後史にまつわる多くの作品をてがけている。彼女は1930年生まれのノンフィクション作家。29pに長野高女1年で軍需工場に派遣されていた頃の写真が印象的、鉢巻の日の丸には「神風」と書かれている。彼女の靖国に対する思いの原点は、このころのあの「朝日新聞」もあおった「お国のために死んで帰ろう」と言った時代のムードに呼応している。
彼女は、靖国神社に首相が参拝することを当然と考える。彼女は中国や韓国に文句をつけられる理由はないとし、最後には両政府に対する日本政府の声明(案)までつけている。
極東軍事裁判は、戦勝国の報復裁判である。しかし日本は敗戦国ゆえに受け入れた。1952年、戦犯の命と引き換えにサンフランシスコ平和条約が締結され、日本は平和を取り戻した。どんな罪にしろ、裁判の後判決を受け、判決どおり処刑されればその罪は一件落着である。一事不再理は、秩序ある社会の鉄則だ。戦後60年すぎてからA級戦犯とB,C級を分け,A級戦犯を祀るところへ首相が参拝するのは怪しからんなど言われてたまるか。
大体、東京裁判で裁く側に立っていた11カ国に中華人民共和国は入っていない。毛沢東が天安門でその名乗りを上げたのは翌年である。韓国もはいっていない。両国にこの問題を云々する資格はない。サンフランシスコ平和条約は合計47カ国が参加しているが、ここにも中国(中華人民共和国と中華民国)、韓国は参加していない。二つの中国の代表権問題でアメリカ、イギリスと意見が一致しなかったためである。しかもこの条約には
・この条約に署名・批准していない国には、この条約に関するいかなる権利も権限も与えない。またこれらの国によって日本の権利が「減損され害されるものではない」
条約が締結されると、日本はすぐに戦傷病者戦没者遺族等援護法を成立させ、戦犯については「法務死」と呼び変えて問題を解決した。日本は独立国として戦犯による刑死も含めてすべて国家のために犠牲になったとして差をつけないものとした。関係諸国の了解を取り付け、BC級戦犯を靖国神社に合祀した。A級戦犯の合祀は1978年となった。
1975年の三木首相以来何人かの首相が靖国神社に敗戦の日に参拝したが、中曽根首相は1983から85年まで3回続けて訪問した。この時になって中国は初めて抗議してきた。全くスジが通っていない、とする。
高橋哲哉氏は1956年生まれ東京大学大学院総合文化研究科教授。二十世紀西欧哲学研究家で著書も多いらしい。戦後生まれである。靖国に対する思いが上坂氏とは違うのか、クールに論理的に扱おうとする。「どのような筋道で考えていけばよいのかを論理的に明らかにする、ことに重点を置いて書かれた。」とする。
まず、靖国神社にまつわる様々な人の思いを取り上げた上で、「お国のために死ぬこと」や「御天子様のために」息子や夫をささげることを、聖なる行為と信じさせることによって、再び戦争が起こったときに国民を動員させる・・・・靖国神社はそのような意図のもとに作られたシステムである、と断じる。
「歴史認識の問題」では,A級戦犯合祀問題は靖国にかかわる歴史認識問題の一部にすぎず、本来日本近代を貫く植民地主義全体との関係が問われるべきだとし、中国はA級戦犯合祀問題限定していることからむしろ政治決着をはかろうとしているのだ、と説く。
「宗教の問題」ではこれまで首相や天皇の靖国参拝を憲法違反とする判例が主流である。こうした中で公式参拝を実現させたいと思う人々が取る選択肢は、次ぎの二つだがいづれも不可能であるとする。
1 憲法の政教分離規定を改正する 2 靖国神社を宗教法人でなくする。
さらに著者は新しい「戦没者追悼の中心的施設」の建設にも疑問を呈する。それが「日本の平和と独立を守り国の安全を保つための活動や日本の国際平和のための活動における死没者を追悼する」目的であるなら、たとえば自衛隊のそのような活動の正しさを疑わず、その日本人のみを対象としようとすれば、「第二の靖国」になってしまう。
以上の議論を踏まえて、著者はまず政教分離を徹底して、国家機関としての靖国神社を名実共に廃止、首相や天皇の参拝など国家と神社の癒着を完全に断て、とする。
さらに近代日本のすべての対外戦争を正戦であったと考える特異な歴史観(遊就館の展示)を、自由な言論によって克服し、「第二の靖国」の出現を防ぐために、憲法の「不断の誓い」を担保する脱軍事化にむけた不断の努力が必要である。
どちらの議論が正しいかはおくとして、二つの議論に、ぬぐいがたい時代の差を感じた。
ただ、上坂氏もいうように靖国と国家の関係が永遠にこのままでいいというわけではない。新しい時代に即したあり方を、太平洋戦争が次第に日本にとって過去のものになってゆく中で、日本全体として論議する必要があることは確かのようだ。しかしそこには憲法問題、自衛の問題、天皇制の問題など多くの克服すべき問題が横たわっている。
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