468「妙正寺公園にようこそ」(6月24日(日)晴れ)

まだ暑くなく、風もなく気持ちのいい夜。一人、お散歩!
気にしまい、と心に念じて、それでも気になるもの・・・夜の公園のベンチの上の二人。行きすぎて、そっと振り返ってみる。あ、そんなことはレッドカードだ!森の中では猫がにゃあ、にゃあ。禁止されているのに野良猫にお姉さんがエサをやっているらしい。広場に出ると、少年二人がこれも禁止のサッカーの練習。

妙正寺公園。
毎朝ここでラジオ体操をしている。我が家からおよそ500m。毎朝あうおじいさんにヒマラヤ杉のことを聞かれた。エッセイで書いた事があったから得意になって答えた。家に戻ってエッセイを読み返し、妙正寺公園に関するものを調べるとぞろぞろでてきた。しかし肝腎の公園自身のものがなかった。そこで紹介エッセイを書いてみようか。

真ん中に妙正寺池。かっては関東ローム層のがけ下にできた湧水池であった。そのころは井草川からの合流も沢山あった。しかし今では湧き水は大分減少し、井戸からくみ上げた水を利用している。この池を起点とする妙正寺川は、中野区に入り、哲学堂公園付近で江古田川と合流し、新宿区に入り高田橋で、神田川に合流している。
もちろん名前は、南の坂上にある妙正寺に由来する。寺は妙の字が入っているとおり、日蓮宗のお寺である。文和元年(1352年)日佑上人の開基とか。慶安2年(1649年)三代将軍徳川家光が鷹狩の折に葵の紋幕と朱印五石を寄進した<御朱印寺>である。十界諸尊を本尊とし、大黒天、鬼子母神、三十番神堂、弁財天で知られている。

妙正寺公園は、昭和38年に開園した。広さは12444平方メートルというから3600坪くらいということになろうか。
子どもの頃、家の近くには井草川のそのまた支流みたいなものが流れていた。よくザリガニを取った。魚を取りたくてたまらなかったがつかまらなかった。川の中に素足で入ってよく怪我などしなかったものである。他にオタマジャクシ、トンボ・・・・。小学校4年になるまで桃井第五小学校に通っていた。家から天祖神社をへて、早稲田通りにでて通っていたが、しばしば公園あたりに寄り道をした。さすがに池は深そうで入らなかった。まわりは田んぼばかりで、イナゴが結構飛び交っていた。
しかし中学校、高校、大学のころ、余りこの公園にこなくなった。大学には昭和36年に入った。妙正寺公園として整備されたことを知ったのはいつごろだったろうか。

最近、公園は、あの小柴博士のノーベル賞受賞を記念して、ツツジなどが植えられ、庭が一層整備された。園内には他にもサクラ、ヤナギ、ヒマラヤスギ、ケヤキ、イチョウなどが生い茂っている。池には大小3種類の噴水が設けられ、中ほどにある小さな小島は鳥たちの絶好のねぐらと成っている。人口の岩場には木製遊具などもおかれ、広場ではゲートボールなどの楽しむ事ができ、地域の重要ないこいの場である。
この公園の一番の人気者はカルガモではないか、と思う。他のカモは、みなもう北のほうに旅立ってしまった。一年中残るのは彼らだけ、一時ヒナがかえって、お母さんの後をついていたけれど、いなくなってしまった。カラスが襲う、猫が襲う、その程度かと思ったら池の中の大きな鯉が襲う、亀も襲う・・・・これでは生き残るのは至難の業。ところで死ぬのは鴨の子位と思ったら、時に人間の首吊り死体。5年で2人経験!

それでものどかなものである。朝になると決まってこのカモにパンの耳を持ってくるおじさんがいる。そんな時刻にあわせて、おばさんたちの盆踊りの練習が始まる。この時期、もうとっくに日はのぼっている。ラジオ体操が始まり、私も参加する。ペタンクが始まる。やがて昼になると子どもたちがやってくる・・・・。公園の営みは朝から晩まで休むことを知らぬ。
少し寒い。65歳、独身。こういうとき、どこぞの美人にでも出会うと楽しいのだが、そうは問屋がおろさない。ベンチの二人はまだ頑張っているようだ。そろそろ戻るか。

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