同名の著書(集英社新書)を読む。サウジアラビアおよび中東の問題点について学ぶ絶好の教科書になっている。著者アントワーヌ・バスブースは、レバノン大学、パリ第二大学等で学んだ後、ジャーナリストを経て、現在はコンサルタント業務を行っている。
現在の形のサウジアラビアは、1744年、ビン・サウードの剣と、兄に追われた霊感豊かな導師アッデル・ワッハーブの出会いによってうまれた。このカップルは協力してジハードの名の下に近隣諸部族を従えて行く。一方でワッハーブは、三十冊もの著書を著し、9人の子を作り、文字通りもうひとつの王国を築き上げた。その考えは、原初のイスラムを完全な純粋さの中に立て直すことで、過度の寛容主義のあるものすべてを否定し、従わない者があれば情け容赦ない戦争を布告する。この建国シナリオは、イスラム教ワッハーブ派を国教とするサウジアラビアでは現在も子供の頃から教えられる。
19席後半、部族間の抗争などがあり、同国は分裂していたが、「イブンサウド」の名で知られるアブデルアジズが、ヒジャズ地方を統一して抜け出した。部族間の抗争を終らせ、ベドウインを定住させた。第一次大戦でオスマントルコがドイツ側に着いたため、イギリスはこの地の統治にメッカの従順なシャリフをおした。しかしアブデルアジズは、これを倒し、1926年にヒジャズ王となる。同時に導師ビン・サワードのもとにワッハーブ派ウラマーたちは、シーア派を各地で圧倒するなど強力な権力を奮い始めた。
1930年代初頭の石油の発見は、アブデルアジズを、「世界でもっともこびへつらわれる王」にのし上げた。ビン・サワードは「西欧人は、アラブ人の慣習、伝統、信仰を尊重しなけれればならない。」とし、彼ら流の改革を行う。アルコールも映画も音楽もなし、妻たちは車を運転してはならない、盗人の手は切断等々。
1948年にようやく初等教育機関誕生、53年にようやく宗教家たちの監督の下に女学校開設、57年にサウード王大学でようやく非宗教的教育が認められた。1953年にアブデルアジズが他界すると、王家内部と宗教界の対立が激しさをました。1975年に、ファイサル国王が、アメリカの大学を卒業した甥に暗殺された事件は、その象徴といえようか。年長のハーリドの後を受け、1982年に国王となったファハド皇太子も、宗教組織や官庁を監督する高等会議を設置するなど、ワッハーブ派組織を自分の権威に服従させようと苦労した。
1990年、イラクのクウエート侵攻と共に、多くのアメリカ人が、サウジアラビアに来ることになった。しかしワッハーブ派の人々にとっては、イスラム国家が他のイスラム国家と対抗するために「異教徒」と結ぶことは耐えられぬことだ。アメリカ人どもは十字架を掲げ、ダンスパーテイを開くなどで、民衆と宗教界の反発をかった。
一方で王族の「自分たちは征服者」と考える特権意識も強く民衆の反発をかっている。2005年にファハド国王の後をついだアブダラー国王は、アラブ諸国間の関係融和をメインに考える一方、王族の挙動を監視し行き過ぎをおさえるために評議会を創設した。
宗教界は、石油販売でえた豊富な外貨をもとに、外国でもシーア派をしめだし、ワッハーブ派の教義を世界に広めようとしている。モロッコはワッハーブ派に染められたといっていい。イランとの問題で一杯だったアメリカは、同盟者の教義が自分に敵対してくるとは考えなかった。しかしアフガニスタンで「利害が一致していた同盟者」ウサマ・ビン・ラデインは、最悪の敵となり、2001年の9・11事件を起こすこととなった。
サウジアラビアはこの行為を非難し、躍起になって自己を弁護したが、「教義や資金の大半、カミカゼ攻撃の主要メンバーを供給していた国が、今後も中東でアメリカのナンバーワン同盟者であり続けるなどと考えられるだろうか。」現在ではイスラエルに対する措置を巡って対立し、亀裂が目立っている。国内では、王家とウラマーたちが対立し、王家は「政治的最終的判断は王家に帰し、ウラマーは助言者」とするが、反撃は厳しい。
治安も2003年5月の大規模な最初のテロ以来、状況は悪化の一途をたどっている。すでにビン・ラデインは航空会社テロをほのめかすなど、この地域での活動を激化させようとしており、新しい「アラビア戦争」がおきているといっても過言ではない。
最後に、この本ではないが、あるウエブサイトにサウジアラビア改革に関する5つのベクトルが表示されていた。
第一のベクトル:王族改革派。幾つかの改革を行っているが微温的。
第二のベクトル:ナイエフ皇太子を初めとする王族で、特殊警察を駆使して民主化を説くものを逮捕する一方、ワッハービズムを拡げようとしている。
第三のベクトル:スンニ派ワッハービズム、これこそがサウジアラビア設立の根源でもあるため、政府は対応に苦慮。
第四のベクトル:外国勢力。2004年アラブサミットでようやく改革の文字が見え始めた。海外からの勢力がサウジアラビアの改革を促している。
第五のベクトル:テロ。一般市民は批判的であるが、人口の40%以上がビン・ラデインに共感しているといわれる。テロは同国の経済的支柱である石油産業の外貨関連の設備を標的としている。
五つのベクトルが今後どのように合成され、どのような方向にすすむのであろうか。また西欧世界にとってサウジアラビアの体制自体にすでに無理があるとすれば、石油の流れの一貫性をどうやって維持してゆくのだろうか。今後の予測は難しい。
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