僕たちは1967年(昭和42年)にこの会社に入社した。
中国では文化大革命、そしてヴェトナム戦争、そんな大変な時代にビートルズがはやり、佐良直美が「世界は二人のために」を歌い、大物政治家を嘆かせた。・・・・。
大学を卒業し、就職したことを誰かが「楽園からの追放」と呼んだ。
全部で41人いた。本当は300人くらいいるのだけれど、あの頃は高校卒グループと大卒グループがわかれていた。67年と41人を組み合わせて、誰かが人生むなしい、などと柄にもないことを言い、これが同期の会の名前になった。
その後1人が他界、3人がそれぞれの事情で会社を去り37人になった。
入社当時の白黒写真を誰かが持ってきた。みな若い。髪が黒々している。肌に張りがあり、目がきらきらと輝いている。もう、今ではなにかまぶしいものをみるような気分。あれから39年・・・・。
現在、私は1年浪人し、おまけに大学院まで出たから、少し歳をとっていて65歳である。
みんなは大抵62−63歳前後か。
例年のように青山の会場で年に1回の同期会。出席者の数が24人。6割以上ということだからなかなか高い。それぞれ人恋しくなる年齢なのかも知れぬ。
会社を60歳でやめるものも多いし、子会社に行っても一般には63歳で出されるらしい。
そのせいかもう名簿の所属会社の欄が空白になったものが多い。
「来年になればほとんど空白になるよ。」と誰か。
なかなか恵まれた会社である。毎年確実に成長を続け、経営危機や会社の統合に陥るようなこともなかった。比較的給料も高く、退職金も潤沢だから、老後の金に困っている人間もいないようだ。今日来られなかったリタイア組の近況報告には、地域活動だの、趣味だの、それぞれの道を楽しんでいることがうかがい知れる。自身の健康を損ねている者も、幸いに、まだいないようだ。
同期のA君が社長になった。副社長にはB君。大したものである。
しかしみんなぎらついたものがへって、おだやかな顔をしているように見える。Game
is over・・・・そんな風に感じている者もいるのだろうか。自分自身を見つめなおす時期にきているのかもしれない。そしてA君に寄せる目は温かい。
「おめでとう、しかし大変だろうなあ。何かあったらみんなで助けよう。」
後ろの方で誰かが「天命」と言う言葉をささやき、私はそうだな、と思う。
彼のおごらぬ気さくな人柄がいい。なるべき人がなった、という感じだ。家族の話を何人かに聞いてみたが、子どもたちが卒業し夫婦だけになったものが多い。A君もそのうちの一人。自分で酒を注ぎにまわり、みんなに歓迎されていた。彼の場合はGameはこれから始まるのかもしれない。
良くも悪くも、僕たちは人生の輝かしい時期の大半を、この会社で過ごした。途中で会社をやめて女子大の先生になったC君などは、学生を本社の見学に連れて来るのだそうだ。なかなか縁は切れぬ。友達はこれからできにくい。減ることはあっても・・・・。そんなだからこそ余計にいとしく感じられ、こういう会合を大切にしたいと思う。
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