モスクワとサンクト・ペテルブルグにパックツアーで旅行してきた。
私にとって、ロシア旅行は始めてである。エルミタージュ美術館に興味をもっていたこと、赤の広場とクレムリンを見たかったこと、そもそもロシアなる国が、どんなふうであるのか知りたかったこと、などが選んだ理由であろうか。
サンクト・ペテルブルグは、やはりエルミタージュ美術館の絵画コレクションが素晴らしかったけれど、ピョートル大帝、エカテリーナ2世像、ロシアの改革を志向しながら爆殺されたアレクサンドル2世、80年ぶりに埋葬されたニコライ2世一家の棺などが、歴史を考えさせてくれた。モスクワは丁度モスクワ市創立859年ということで、市中には警官が繰り出し、あちこち通行を規制していた。そのため落ち着いてみる事ができず不満なところもあったが、それなりに感じるとところはあった。
旅行を始めて私はロシアについて無知なことに改めて気がついた。
恥ずかしながら私はロシアの国旗をしらなかった。白、青、赤の3本線だが、オランダびいきのピョートル大帝が、その国旗赤、白、青三色模様を入れ替えて発案したとか。
1990年、ゴルバチョフ書記長のペレストロイカが行き詰まりをみせ、共産党の一党独裁が廃止された。91年、ロシア共和国でも大統領制が導入され、初代大統領にエリツインが選ばれた。その歳の末にはソビエト連邦の解体が宣言された。92年に連邦制度ができ、多くの国がロシア連邦の元にまとまった。このとき、各共和国の主権は尊重する一方、資源やエネルギー利用、外交、軍事は連邦政府の専管事項となった。
国旗もこの流れの中で、おそらく92年頃に変わったのだろう。
すべてが国有資産だった計画経済システムを市場経済に移行させねばならなかった。しかし一朝一夕には行かない。
欧米の企業誘致を進めている。資源と労働力に恵まれたこの国に投資することは魅力があるはずだ、と考えるが政治・経済の不安定さ、税制面での改革の遅れ、人民意識などが進出企業に2の足を踏ませている。
民営化による企業の改革も十分に進んでいるとはいえないらしい。
旅行で企業を見ている時間があるわけではないが、ホテルやレストランにはよる。それらが欧米とくらべてどうか、というとまだまだという感じである。
また利用したアエロフロートは、正確にはアエロフロート・ロシア航空といい、1992年に従来のアエロフロート・ソビエト航空を再編した。株式の51%をロシア連邦政府が所有し、残りを従業員、法人、個人投資家が所有している。
機内のサービスはかなり改善され、モスクワ空港は明るくなった。しかし地上職員はまだまだ官僚的だし、システムも、空港全体の雰囲気もまだまだと感じられた。
ロシア連邦になって、宗教活動の自由が認められた。100を越える民族が暮らすロシアでは宗教も様々である。しかしソビエト時代、宗教はアヘンと同様に社会にとって害悪とみなされ、弾圧されてきた。破壊されたり、倉庫や宿舎代わりに使われた寺院も多くあった。しかしイデオロギー崩壊後、民族主義の高まりと共に復活してきた。しかしまだ接収されていた財産、権限等をどこまで返還するかなど実際的な問題があるようだが・・・。
日曜日に教会に人々が行くほど、宗教活動は盛んではないようだけれども、それでもずいぶん活動が活発で商売熱心にも見えた。
寺院や教会と同じことが美術館等についてもいえる。ソビエト時代一部絵画が売り飛ばされるなど冷遇されていたが、今はどこも元気印のようである。
ロシア連邦成立後、93年のエリツイン解任事件を契機に世界に例を見ない独裁的な権限を持つ大統領が誕生した。99年にエリツイン大統領が突然辞任したのを受け、2000年にプーチンが、「法の独裁」にもとづく秩序の回復、「大国ロシアの復活」を掲げて支持を広げ大統領となった。彼はまだ若く、しかも国民の人気は絶大のようである。
当面は、彼の目指す方向で国の舵取りが行われているようだ。自由に経済活動をさせて民の力を引き出そうとする一方、国のためにならない行為は、軍や警察を使って押さえつける姿勢が強く感じられる。チェチェン問題の経験からなのだろうか。
旅行者は外貨を落としてくれることだけを、期待されているように見える。しかしロシアに不利な情報をもたらす行為は禁止、滞在したホテルの証明が必要など規制はきびしく、逆に自由な旅行は非常に高くつくようだ。それに都合の悪い場所への立ち入りは禁止され、違反するとどうなるか分からない。
こんなことを考えるとなかなか気楽には行けぬ国、と感じた。しかしかえって一度はいってみたい国なのかもしれない。
付 ロシア史のポイント
988 キエフ公ウラジミール1世東方正教会に改宗。キエフに中心が置かれる。
1147 ユーリー・ドルゴルーキーによるモスクワ建都元年
1237-38 バツのモンゴル軍、北東ロシアに侵入し、「タタールのくびき」始まる。
1325 教会の中心がモスクワになる
14世紀後半 クレムリン城門前に交易市場できる
1448 ヨナ大主教、ロシアの主教会議により府主教におされる。コンスタンテイヌスから独立、国教となる。
1478 ノヴゴロドがイヴァン3世に服属
1480 タタール軍撤退し、「タタールのくびき」より完全解放。この頃クレムリン城砦今日の形となる。
15世紀後半 1483大火後、クレムリン城壁と市街の間に防火帯を設置
1547 モスクワ大火 イヴァン4世(雷帝)、ツアーリの称号を始めてもちいる。
1561 イヴァン雷帝、ワシーリイ寺院建設
1613 ロマノフ王朝の成立
1670 ステンカラージンの農民運動、71年赤の広場で処刑
1703 ピョートル大帝、ペテルブルグ市の創設
1709 ポルタヴァの戦いで大帝、スウエーデン軍を破る。
1713 首都をモスクワよりペテルブルグに遷都。
1754 エリザヴェータ女帝より冬宮建設開始 1764エカテリーナ西欧絵画の購入、「エルミタージュ」(隠れ家)と命名。1780 モスクワにボリショイ劇場完成 1783 エルミタージュ劇場完成
1762 女帝エカテリーナ即位。1773 プガチョフの反乱
1813 ナポレオン軍の侵入、ボロデイノの戦い、モスクワ入城と炎上。
1825 デカブリストの乱
1853 クリミヤ戦争
1874 ナロードニキ運動展開
1891 シベリア鉄道起工(1902 完成)
1904-5 日露戦争 ポーツマス条約
1905-6 ロシア第一革命、血の日曜日事件
1906 ストルイピンの農業改革
1914 第一次世界大戦始まる
1917 2月革命 メンシェビキによるケレンスキー政権
10月革命 レーニン、トロッキー等による内閣
1918 ブレストリトフスク条約 モスクワを首都とする ニコライ2世一家の処刑
1919 パリ講和会議に参加、コミンテルン第1回会議
1922 ロシア、ウクライナ、ベラルーシなどを含むソヴィエト社会主義共和国連邦成立
1924 レーニン没 木製レーニン廟建設
1934 国際連盟に加入、常任理事国となる
1939 独ソ不可侵条約、第二次世界大戦
1940 バルト3国ソ連に編入される
1941-44 ナチス北方軍が900日にわたってレニングラードを包囲するも攻略できず。
1943 モスクワ近くヴォルガ川西岸のスターリングラードでドイツ軍壊滅
1944 ヤルタ会談、ドイツ無条件降伏、対日宣戦、日本降伏
1953 スターリン没
1989 ベルリンの壁崩壊 1991 ソ連の解体
2000 1952年生まれ、ペテルブルグ出身のプーチンがエリツインの後を受け、大統領。
2003 ペテルブルグ建都300年、未曾有の観光ブーム
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