50「チェスターの休日」(4月1日)

今日は、ポストに変わった切手をはった英文の手紙があるのを見つけてびっくりしました。差出人はD公国D市王室気付ミセス・サルサ。

私は12年前、会社から派遣されてイギリスの中部にある古い町チェスターに2年ほど派遣されておりました。今日お話することは、その期間中に起こったことなのですが、実はこのことは今まで誰にも話したことがありません。亡くなった妻にも、ガールフレンドのAさんにも、それどころか当時一緒だった日本人仲間にも・・・。
その当時私は、妻が病気であったため、会社から与えられた郊外の広い家に一人暮らしをしておりました。ある春の日、私は近くのデラメアの森に車を飛ばしました。そこはうっそうとした原始林が広がり、人工のものと行ったら散策用に作った細い小道しかないようなところでした。木々はいっせいに芽吹き、下草が燃え、昨晩降ったらしい雨が適度の湿り気を森に与え、散策にはもってこいの雰囲気でありました。

「あのデラメアであなたに助けられたことが昨日のように思い出されます。」

車を止め、メイン道路にそって散歩しているとき、ふと私は女のうめき声のようなものを聞いたのです。その声を頼りにわき道に入ると道端に若い女性がうずくまっているではありませんか。
女は黄色っぽい高級そうなスカーフをかぶり、ピンク色のカーデイガンでしたが、それらは泥でひどく汚れておりました。ハイヒールが周囲に飛びちり、短い紺色のスカートからでた白い足が投げ出されており、なんともエロチックでしたが、ところどころに擦り傷ができており、つらそうでした。
「どうしました?」声を変えると女は顔を上げたのですが、まあ、その美しさといったらありません。少し浅黒い、大きな目をした彫りの深い顔、突き出た唇、高めの鼻・・・。私は一瞬でひきつけられました。ところが、彼女は目に涙を浮かべて「助けてください!」というのです。
警察に知らせないでくれ、とも言うので、私は仕方なく、車に乗せて彼女を自宅に連れてまいりました。もう少し暗くなりかけておりました。
「これからどうしますか。」と聞くと、彼女はなんと明日にはここを立ち去るから、今夜はあなたの家にとめてくれないか、というのです。どうみても彼女は17,8、そんな若い女性が私のような一人男の所によく泊まろうなどといえるものだ、とも思いましたが、悪い気分になるはずもなく承知しました。

その夜、彼女が私に身の上話をしてくれたのです。
彼女は、カリブ海に浮かぶ小国D王国の王女様だったのです。英語を勉強しに春休みを利用してチェスターに来ており、今チェスターでは最高級のグロブナーホテルに泊まっている、しかし、乳母やらおつきやらが始終監視しており、うるさくて仕方がない、自由になりたい、それで逃げ出してきた、今頃大騒ぎしているだろうが、知ったことではない、というのです。もっとも彼女もこのままずっとい続ける気分ではなく、明日かあさってには戻ると言うのです。
ちょうど私も休暇をとっていたので、翌日、一緒にチェスターの町にゆき、ブーツやマークスアンドスペンサーで当座の着るものを買ってやりました。どんな服も彼女には似合い、とても魅力的でした。アイスクリームをなめながら、散歩しておりますと、中央広場で太った民族衣装をまとった男がチェスターの町の宣伝をしておりました。
その男は、毎週出演するので、私は気にも留めませんでしたが、彼女は突然青くなり私を引っ張って一目散に走り出したのです。そして近くの私のよく行くパブに、いきなり飛び込んだのです。「あの男は私を監視している侍従の一人です。きっと探しに来たに違いない。」そういわれてみると顔がいつもと少し変わっているようにも感じました。外を見るとあの男が、彼女を探している様子ではありませんか。
私はパブの親父に手短かに事情を説明し、裏口を走りぬけ、チェスターを取り巻いている城壁に登りました。大きな時計台があり、その影に隠れて見下ろしますとグロブナーホテルは目と鼻のさきではありませんか。そしてホテルのまわりを、あの男が配下の者らしい男とともに探しております。
私たちは城壁にそって逃げ出し、小さな目立たないパブで昼食をとった後、市の南を流れているデイー川のほとりまで来ました。おりからデイー河ツアーが出船するところでしたので、乗り込みました。河を1時間ほどくだり、そこから帰ってくる旅です。イギリスののどかな田園風景がひろがっております。ハーフテインバーの古い家、緑の芝生、ガチョウ、羊、日光浴をする人々

「チェスター観光は今でも楽しい思い出です。」

帰ってくると、ちょうど川辺の舞台で楽隊が、元気に演奏をしておりました。しばらく聞きほれておりましたが、突然彼女がまた私の腕を引っ張るのです。彼女の求めに応じて私は一緒に走り出しました。
一人が気がついたらしく、追ってきました。彼女は楽隊の男がもっていたヴァイオリンで、その男を殴りつけました。私は、そばにとめてあったスクーターに飛び乗り、彼女を後ろにのせて発進させました。そして男をまいたところで、駐車場に戻り、ウエールズにむかう街道に出ました。
結局、最早、チェスターで観光することは危険でしたから、ルート55号をドライブし、コンウイー城まで行き、城見物と夕食を楽しみ、遅くなって帰宅しました。
それからその夜起こったことについては、日本とD公国の友好関係を損ねることになってもいけませんから、記述を遠慮させていただきます。彼女は翌朝、「気がすんだから・・・。」と私に送られてグロブナーホテルに戻ってゆきました。最後にかわしたキッスの味はいまでもわすれません。

「エドワン皇子は12歳になりました。」

母国に戻った彼女が皇子を出産したことは、1年近く経ってから新聞でしりました。彼女はその後もクリスマスカードを毎年くれました。それからその後のこともいろいろ教えてくれました。しかし「去るものは日々うとし」とか申します。私と彼女の関係もこの12年の間にだんだんうすくなっていくように感じていたのです。しかし手紙の最後にはこんなことが書いてあるではありませんか。

「あなたが会社を定年になって自由な身となったと聞きました。どうですか、しばらくD王国にいらっしゃいませんか。国賓待遇でお迎えします。皇子もぜひあなたにお会いしたいと申しております。」

さあ、私は行くべきか、行かざるべきか?Aさんを連れて行ったらどやされるだろうなあ。この話、本当かって?ま、今日はApril the first!


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