そろそろ髪の毛が薄くなってきたことを気にしないでもない。それなら伸びてきた貴重な髪をなぜ切ったりするのだろう。良くメールをくれるあの読者の流儀で言えば「なぜ猫は床屋に行かないですむのだろう。便利なものだ。」
この前、法事にやってきた坊さんの頭はぴかぴか光っていた。そういえば今度文化勲章をもらった瀬戸内寂聴もそうだ。あれはどのくらいの割合で床屋に行くのだろう。それとも自分でそる?そういうことはないだろうなあ。私の経験、イギリスに留学したときに、「何事も自分の力で」と鏡に向かってかみそりを当てた事がある。あれはひどいことになった。仕方なく後で床屋に行ったらイギリス人の白んぼお姉さんに大笑いされた。
良く思うのだけれど女はどうして余りハゲにならないのだろう。特に男の若はげは聞くけれど、女の若はげは聞かぬ。白髪については、昔は女はなりにくい、と思っていたが、最近は同じだ、と思っている。というのは、女は染めてごまかすのが多いから、だまされているだけだ。女の若ハゲも実は多くて、そういう人は鬘をかぶっている、だから女風呂では、その鬘をはずすから尼さんもどきが沢山いる・・・・という話は、嘘か本当か知らない。
くだらないことを書いているけれど、要するに髪が伸びてきたから床屋に行ったのだ。もっともここのところはまだ伸びたことを気にする髪があることの証明ではあるけれども・・・・。
会社員時代、会社の床屋に行っていた。余りうまくない、という人もいたが気にしなかった。それに格好の逃避場所だった。しかしそのうち経費削減と労働強化で床屋は廃止になった。
それからは新橋の駅にある安い床屋に行った。確か8時半頃開店だったと思う。一番で並び、すぐ刈ってもらう。安い分、刈る時間は早い。20分でシャンプーまで終る。そのサッパリした顔で会社に駆けつける。少し遅刻するけれど、すっきりした顔でとおれば大通りである。
定年になってからは、すぐ近くの親子でやっている床屋に決めている。少し高いけれど、なかなか丁寧にやってくれる。余り無駄話はしない。考えてみれば床屋と歯医者ほど、恐怖感を抱くものはない。台の上に乗っかるともう「俎板の鯉」である。鯉の上を刃物がチャリン、チャリン、ギーコ、ギーコと動き回るのである。いつ首を切られるか、目をつかれるか、皮を引ん剥かれるか・・・・だから良く推理小説のテーマになる。目を閉じてじっとこらえている。
毎月行っているからオヤジは私の好みを知っている。7:3にわけ、ヘアリキッドを軽くつける。眉の下はそらない、鼻毛は切る、エトセトラ。
シャンプーをし、乾かし、最後に残った無駄毛を切り、ドライヤーを当てて格好よく髪全体をふくらませ出来上がり。「毎度ありがとうございます」と愛想がいい。支払いをすませ、これから荻窪に行くから帽子をひょいとかぶる。床屋は、少し残念そうな表情をみせたようだった。それじゃ、ふっくらさせた髪が台無しだ!
夜・・・・ガールフレンドのAさんが夕食にやってくる。女が美容院に行ったかどうか、男は常に注意していなければいけない。「美容院に行ったね。きれいになったね」論理的に考えれば、これまではよほどバッチかったことになるが、そこのところは気にしない。女は男の気遣いに感謝し、その夜のサービスが向上すること間違いなし。要するに女はほめられたいのである。・・・・しかしこれは実は男も同じである。「やあ、いらっしゃい。」私はにこにこしながら、頭を振ってみせる。反応なし。もう一回ぐるぐるっと回してみせる。反応なし・・・つまらん!
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha