507「父親たちの星条旗」(11月10日(金)晴れ)

「1枚の報道写真が戦争の勝敗を決する。アメリカ兵がヴェトナム人捕虜のこめかみを打ち抜いて殺している写真・・・・あのおかげでアメリカはヴェトナム戦争で負けた」・・・・写真により厭線気分が広がり、アメリカ軍は撤退を余儀なくされた、というのだ。

クリントイーストウッドの作品。1930年生まれの76歳、俳優としては「荒野の用心棒」、「ダーテイ・ハリー」監督としては「ミリオンダラーベイビー」が記憶に新しい。良く頑張るものである。この映画、新聞等の批評もなかなかよいようなのでぶらりと見に行く。後から知った話だが、当初米国は5日もあればこの島を落とせるだろう、と思っていた。しかし本土防衛を任じて、栗林中将以下は36日も頑張った。結果日本側20000人、米国側7000人の死者をだしたという。日本兵の多くは自決であった。

三日の艦砲射撃の後、艦隊を連ね気楽に上陸する米国軍。日本軍は塹壕の中で息を潜めて待っていた。激しい戦闘。次々と命が奪われてゆく。しかしそれも終りがちかづき、擂り鉢山の頂上にアメリカ国旗が立てられ、その写真が撮られ、全米で話題となった。
当時米国には厭戦気分が広がっていた。金にも窮していた。旗を立てた6人のうち3人はその後命を落としてしまったが、帰国した3人は歓呼の声を持って迎えられた。
当局は、彼らを国債販売キャンペーンに利用しようと考えた。しかしあの旗には隠された真実があった。オエライサンが最初の旗を欲しいといったから、急遽別の国旗を立てている写真だし、6人のうちの1人は報道とは違う人物だ。
しかしそんなことを言っている暇はない。おかげで彼等は全米を回らされ、心にもない演技をさせられる羽目になる。張子の山に登って旗を立てるまねをしろなど・・・・。
3人のうち一人はアメリカインデイアン出身であった。彼は、比較的、心が弱く、あの戦友たちがちっていった「現場」のことが忘れられない。
亡くなった戦友のお母さんに抱きついて泣き、大酒を食らってオエライサンとの会合をめちゃめちゃにし、白人以外は入れないという酒場で暴れる。戦争に英雄なんていない!
彼らが英雄の座から下ろされるのに時間はかからない。このインデイアンを初め3人にはまもなく平凡は過酷な普通の人生が戻ってくる。

「そんな話は今まで沢山あったじゃないの。今更映画にしなくても・・・」
とは知人のコメント。しかし日本でも「散るぞ悲しき」など硫黄島激闘に関する2作品が本屋の店頭を飾っている。イーストウッドはこれを通じて何を訴えたかったのだろう。イラクでの戦争反対を唱えたかったのだろうか。「「ノルマンでイー上陸作戦」のように勇ましい、格好いいだけの戦争映画と比べればずいぶん違った視点だ。」との意見もあった。従来のアメリカ映画とかなり趣を異にする。
戦闘シーンはなかなかの迫力である。ただ、物語の起伏という言う点ではやや盛り上がりに欠ける。それでもお勧めの映画であると思う。

イーストウッドは、硫黄島の激戦を2部作にするとの話。12月に渡辺謙等が出演して「硫黄島からの手紙」が公開される。同じ戦争を日米双方の立場で二本の映画に仕立てるというのは今までにない試みである。物量豊かなアメリカ軍に比べて、日本軍は硫黄交じりの水しかなく、食料も不足し、あれた大地で地獄の戦闘を味わった、ということらしい。その辺が第2部ではどのように描かれるか。

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