ビリー・ワイルダー監督が、3月27日夜、ビバリーヒルズの自宅で亡くなった。
彼は1906年、オーストリア(現ポーランド領)ズーハで生まれた。本名はサミュエル,ウイーンで新聞記者,ゴーストライターを経て脚本家となったが、ナチスの台頭によりパリへ。やがて活躍の場をハリウッドに移し、1942年「少佐と少年」で監督デビューした。以後すての作品で脚本家と監督をかねている。
私は昔はほとんど映画を見なかった。
12年前、会社から派遣されてイギリスのチェスターで過ごすことになったが、亡くなった妻はそのころ病気で広い家に一人住まいすることになった。夜をどうしてすごしたものだろうと、考えた末、新潮社の「洋画ベスト150」という本を買ってきた。監督ベストテンの中でビリー・ワイルダーは7番に入っていた。作品では「お熱いのがお好き」「アパートの鍵貸します」「サンセット大通り」「情婦」。
私はPAL方式だのなんだの、大抵の国のビデオの映るテレビを用意した。向こうに行き、この本に載っている映画ビデオを5ポンドか10ポンドの気の向くままに買い込んだ。映画を見るとき、昔は監督のことなど考えもしなかったが、他の機会に見た「麗しのサブリナ」「昼下がりの情事」「7年目の浮気」「翼よ!あれが巴里の灯だ。」なども彼の作品と知ってうれしくなった。
しかし、一番気に入ったのはアカデミー賞をとった「アパートの鍵かします」。もう、10回くらい見たような気がする。
1959年、ニューヨークの人口は800万人余り、横になってならぶとパキスタンのカラチまで届いてしまう。ジャック・レモン演じるバクスター君はそこでベスト5にある、従業員30000人余の保険会社社員。5時20分になると、みなエレベータにラッシュし、帰途に就くが彼は一人残って残業である。なぜなら彼はセントラルパーク近くの自分のアパートを上役たちの情事の場に提供しているからだ。
楽な商売ではない。夜遅く使いたいとの希望があってたたき出され、あげくの果て間違った鍵を返されて一晩部屋に入れない悲劇に見舞われるなどする。そんなとき、彼は、シャーリー・マックレーン演じるエレベーターガールのキューブリック嬢に惹かれる。ところが彼女は人事権を握るシャルドウイック氏の情婦でもあるのだ。
シャルドウイック氏などの引きでバクスター君は重役陣に一時は名前を連ね、立派な専用の部屋を与えられるまでになるのだが・・・・。
初顔合わせとは思えない主演の二人の名コンビぶりがすばらしい。
考えてみれば不道徳この上ないストーリー、それをサラリーマン社会を軽妙に皮肉りながら、若い二人の恋を展開させてゆくところがすばらしい。
シャルドウイック氏の心理をみすかすように鍵をちらつかせるバクスター君、睡眠薬を飲んだキューブリック嬢を懸命に解放する隣室の医者とバクスター君、朝食を用意するおばさん、二人のクリスマスデイナーをとテニスラケットでスパゲッテイの水を切るバクスター君、そして最後に年が明けるとき、シャルドウイック氏と別れたキューブリック嬢がバクスター君のアパートにかけつけると銃声のような音、飛び込むとシャンパンを抜く音だった、というシーンなどが印象に残る。
最後に、原題は単に「the Apartment」、それを「アパートの鍵貸します!」とはよくつけたものだと関心。
そのほかの作品では、趣をまったく異にするが「情婦」がすばらしい。アガサ・クリステイの「検察側の証人」を映画化したもので、元女優、夫の無実を晴らそうとする主人公デイートリッヒが熱演する。わたしは弁護士役のチャールズ・ロートンがいい,と感じた。
「7年目の浮気」と私の出会いは、地下鉄からの風でモンローのスカートがめくれるシーンのスチル写真。高校生の頃だったと思う。あれから風が強い日は女の子のスカートが気になって仕方がないが、案外ああいう風にうまくはめくれないもののようだ。ストーリーは、家族が旅行に行き、一人残された夫と、二階に下宿する美人マリリン・モンローのちょっとした浮気話だが、二人の会話がしゃれていた。モンロー物ではほかに「お熱いのがお好き」。モンローと女装したトニー・カーチスの名コンビ振りが光る。
「麗しのサブリナ」や「昼下がりの情事」のオードリー・ヘップバーンもすばらしい。サブリナでオードリーがパリの料理学校に行き、卵を割るシーンなどよく覚えている。この映画で衣装を担当したのがジパンシー。オードリーは公私ともジパンシーを愛用し、二人の交友は生涯にわたったそうだ。
それにしてもワイルダー作品のようなユーモアとペーソスにあふれた作品が少なくなったように思う。何者にもくじけない主人公、失敗しない主人公、それは映画には向いているかもしれないが現実とは、ちょっと乖離している、と感じるのはわたしだけだろうか?