「声に出して読みたい日本語」の著者斉藤孝の「使える!「徒然草」」を読む。ちなみに著者は45歳、アブラの乗り切った頃であろうか。
徒然草の著者、吉田兼好は、1283年に京都吉田神社の神官の子として生まれ、七段に「四十に足らぬほどにて死なむこそ、目やすかるべけれ」と書いているにもかかわらず、1350年68歳まで生き延びた。仏教の造詣深く、儒教老荘の学にも通じ、弓馬の術に優れ、有職故実に明るく和歌も抜群であった。後宇多天皇に信頼され、多くの公卿殿上人と交わりを結んでいた。しかし彼の時代は、蒙古来襲を防ぎきった鎌倉幕府が崩壊し、建武中興が1333年に成立したかと思えば、足利氏の台頭によって南北朝時代に移ってゆく・・・そういった激動の時代であった。彼は37,8歳でふと官を辞す。伊賀守橘成忠の女、中宮の小辧と言う女性に、失恋したためとも言われる。比叡山横川へいって剃髪して僧形となり、諸方を遍歴して過ごすようになる。晩年には伊賀の国、国見山の麓に庵を結んで過ごしたという。
「徒然草」における著者のスタンスは第一段ではっきりしている。
「つれづれなるままに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく」書いているにすぎないとしている。しかしそのあと高貴の身に生まれ得意になりたい、容貌風采が優れていたい、法師などになってはつまらぬ、などとしながら、人としては「ありがたきことは、まことしき文の道、作文・和歌・管弦の道、また有職に公事の方、人のかがみならむこそいみじかるべけれ。」と自己をそれなりに肯定している。
作品全体は、もちろん著者が聞いたり体験したりしたエピソードの多いけれど、主流は著者の人生に対する考え方、起こったことを通じてのコメントなどが多い。私たちは受験時代にこの本を読まされた。人生経験が少なかったから「ああ、そういうものか。」と理解したふりをしたように過ぎなかった。しかし今の年齢になって、自分の読むと考えさせられるところが多い。斎藤氏のコメントはまだ得意然としていている感じがしないでもないが、後は自分で考えるべし・・・・?
以下、著者がピックアップした格言で私もなるほどとおもったもの。
「必ず果てしとげんと思はんことは、機嫌を言うべからず」
・・・明日になれば、脳溢血で動けぬかも知れぬ。思い立ったら今日始めよう。
「偽りても賢を学ばんを、賢といふべし」
・・・この反語?で「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり」をよく記憶している。学べるところのある人を友に持ちたい。
「己が境界にあらざるものをば、争うべからず、是非すべからず」
・・・このエッセイでも余り断定的な言い方は避けている。私はたいていのことは所詮素人である。
「勝たんと打つべからず、負けじと打つべきなり」
・・・いつもそう考えて碁を打つのだけれど、そうしているうちに相手の地ばかりが海のように広がり、私の地はドブ池のようになってしまう・・・。
「改めて益なき事は、改めぬをよしとするなり」
・・・これは重要。といって絶対に改めて生けないと言うものでもない。教育基本法、憲法改正はどう考えるべきか。
「これをも捨てず、かれをも取らんと思う心に、かれをも得ず、これをも失ふべき道なり」
・・・人生も同じ。岐路に立ったとき人は一方を選択するが、一方は捨てられる。
「まぎるるかたなく、ただひとりあるのみこそよけれ」
・・・一人で考える時間はとても大切だ。特に若い学生などにいいたい。でもこの歳になると、一人でいることの空しさを感じることもある。人間は難しい。
「かやうのことは、ただ、朝夕の心づかひによるべし」
・・・これはそのとおり。そうしていないとそのときになって行動できない。
最後に私の気に入った言葉、心に留めておきたい言葉。著者はとりあげていない。
「よろずにいみじくとも、色好まざる男は、いとさうざうしく、玉の盃の底なき心地ぞすべき」(第三段)色気は失いたくない・・・・みなさんはどうですか。
註 ご意見をお待ちしています。
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