日本経済新聞の「イエコノミー」というシリーズがなかなか面白かった。23日で終わりらしく、取材メモとネット調査からの特別記事が組まれていた。
イエコノミーは、イエとエコノミーをくっつけた造語らしい。時間、お金、家や土地、いづれもイエコノミーの鍵を握る資産だが、そのあり方は世代により世帯により大きな差があるとした上で、アンケート結果を要約している。
「孫育て」の経済パワーの凄さに驚かされる。支援が全くなかった場合に比べて、今後十年間に期待できる経済効果は二十一兆円。その内訳は働く母親が増えて家計の消費やサービスが増える「女性の就労経済効果」が十七兆円、働く女性、シニアむけの「新市場の創出効果」が4兆円である。
また現代は、二十代は「希望に満ち」、三十から五十代は「忙しくて大変」だが、六十歳以上は「楽しくて幸せ」。アンケートの2位以下も加えれば、二十代はその上勝手気ままで、楽しく幸せ、三十から五十代も楽しく幸せだが、年齢とともに希望に満ちている世の中が、みんなの犠牲になっている、報われないと感じるようになる。六十歳以上は、勝手気ままだが、何もやることがない。
この二つの結果について、「家」という意識が取り払われた結果、個人の自主性が重んじられるようになった。とめられるものはなく若い人は独立を目指した。しかし社会に出始めの若い人が資力がなく、忙しいことは当然の結果。世代間格差はやむを得ぬことなのかも知れぬ。それを一部で見直そう、という動きがあると見るべきか、どうか。
親の介護は誰が担う?全体の55%が自分でする、と答えたが、年代別に見ると若いほどこの傾向が強く、年がとるほど「できるなら介護ホームに入ってもらいたい」と考える。ただし自分が介護されるとしたら・・・・77%が圧倒的に「介護ホーム」に入ると答える。
介護するほうの思いと、介護されるほうの思いにギャップが感じられるようだ。このところは一部に回答者のごまかしがあるように思う。まだ介護が現実でない若いうちはよいことを言うがそれが現実となるとそうは行かぬ。どこかで団塊ジュニア世代以降は親の介護なぞ考えていない、という話を聞いた。
人生の上がりについて6つの方向があるとしている。1973年にある建築学者が考えた住宅双六のあがりは「庭付き郊外一戸建て」であったが、今回は「老人介護ホーム安楽」「外国移住」「農家町家回帰」「都心(超)高層マンション余生」、子どもと近居の「親子マンション互助」そして「自宅生涯現役」の6つをあげる。
しかし、どれも今ひとつ夢のない上がりだ、そのために人は一生をかけて働くのか、という気にもなる。1973年にこの双六ができたというが、その何十年か前であったなら、一家眷属に囲まれた大家族住宅ではなかったか、と思う。そういったものはそれこそ「夢」になってしまった。私の場合、結局「自宅生涯現役」をかかげなければいけないのかなあ。しかし物理的にそれが不可能になるときがくる、そのときは・・・・・・。
また人口減少で「家余り」の時代を迎えようとしている。国土交通省によると日本で取引される中古住宅は年18万戸、全ての住宅の取引に占める比率は13%に留まる。これは米国の77%、英国の89%に比べ大きな差だ。
多摩ニュータウンはかって「夢の人工都市」と考えられた。しかし老齢化が進み、今回の調査では良い点「緑の多い静かな環境」「駅近の立地」等あるものの、「古い」「4人家族では狭い」「年をとると階段がつらい」「地震が恐い」など悪い点も目立つらしい。しかし案外に「引っ越したいか」の質問に「住み続けたい」と回答した人が多く、「友達がいる」「住宅の横のつながりがある」とコミュニテイに根ざした暮らし方をしている人に肯定的な回答が多い、という。人間は、結局は独りでは生き辛い、と言うことか。
最後に「家」が崩壊し、個人個人がそれぞれの生き方を追求した結果かもしれないが、あなたは、死後ご自分の家が取り壊され、更地になり、切り売りされる状況を想像した事がありますか。我が家の近くではこれが相当にあるんです。
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