553「昭和の日に思う」(4月29日(日)晴れ)

今年から今日は「昭和の日」に変わった。
インターネットを調べると「昭和の日」オフィシアルサイトというのがあった。
昭和天皇の在世中は「天皇誕生日」、それが「みどりの日」に変わり、今度の変更で「みどりの日」は5月4日に移った。勿論「天皇誕生日」は12月23日である。
こんな風に休みの名称がころころ変わった例は他にもある。11月3日は明治天皇誕生日、天長節と呼ばれた。昭和2年に明治節に変わった。戦後になって、昭和23年、今の「文化の日」になった。今上天皇にもしものことがあったら12月23日はどうなるのだろう。「寒い日」「クリスマス前々祭」・・・・・。こんなに天皇陛下にまつわる祝日が多いのに、天皇制反対を唱えるどこかの党でさえこういう祝日は反対!とは言わないから不思議?国旗を掲揚する人もほとんどいない。何を祝っているんだっけ・・・・。

それにしても平成も19年、昭和は遠くなったものである。事務局が昭和時代に関する思い出作文を募集した結果が掲載されていた。大賞、入賞、佳作
大賞は「世界のトビウオ」と題し古橋選手の思いで話だった。書いた人は神奈川県出身の70歳の人である。作文によると古橋が世界新記録を出すなどして活躍したのは昭和22-24年頃だったらしい。私が小学校低学年の頃だ。しかし作者はもう中学生になろうという頃だったから余計に印象に残ったのかもしれない。
美空ひばりや田中絹代を思い出として書いていた人がいた。終戦となって昭和21年春、出征先の中国から父が帰ってきた。ちょうどそのころ田端義夫の「かえり船」がはやっていてその歌の思いでは今も消えない、と書いている人がいた。あるいは川上哲治にあこがれた、という人もいた。いろいろあるけれども、昭和といえば多くは敗戦、そこからの復興にまつわる思い出を書いた人が多い。それだけあの戦争が人々の生活に心に与えた影響が大きかった、と言うことなのだろう。
読みながら昭和を思い出として書ける人はもう50くらいになっていなければなるまいと思った。昭和が終わりを告げたとき、その人は30くらいであった。そういう人だって大半あの戦争を経験したわけではない。戦争を少しは分かっているのは現在70以上の人ということができようか。

戦後のいろいろの改正で、日本人が先送りした問題に天皇制があるように思う。日本国憲法は民主主義を訴え、信教の自由を訴え、象徴天皇を旗印に作り上げられた。しかし皇室典範は、その考えから、随分矛盾しているところがあるように見える。象徴天皇という考え方も、お写真を町に飾るわけでもなく、妙な存在。それでいて国民の休日などにはチャッカリ利用申し上げている。
だから時々日本国憲法の問題など議論していると、突然「そもそも俺は天皇制は廃止すべきだと思う。」などと言い出す人がいる。憲法改正議論だって、それが思想の根底にあるとすると随分変わってくるように思う。

憲法改正が国民投票法案が国会を通過するなどして加速する様子を見せている。9条ばかりが議論されているけれども、これからの天皇制のあり方が、実はかなり重要な問題ではないか、と思う。もっとも私は、矛盾は矛盾で放置し、今のままでいいのだ、と言う考えもあると思うし、それに近い。しかしアメリカから押し付けられた日本国憲法を一度見直し、それでよいという国民的合意を得ておくことは大切ではないか、と思う。

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