564「あの社会保険庁の問題」(6月5日(火)晴れ)

先輩である友人から次のようなメールを貰った。
「このごろ社会保険庁の事が取りざたされていますね。「あんなところは解体だ、全員首にしろ」とか景気の良い感情論は活発ですが、具体的にどうすればよいという論説などはいまだに読んだことがありません。現状の把握もきちんとされていないようですから、再建案を作るのも大変だと思いますね。
この件で何か見るべき意見を書いたものをお読みに成ったことはありますか。いいものがあれば小生も読んで見たいです。」

残念ながら、見るべき意見を書いたものを読んだことはない。しかしながらこれも勉強の機会、ウエブサイト情報をもとに自分の考えをまとめてみたい。
第一はあの基礎年金番号に統合されていない5000万件に登る記録の問題である。
もともとは手書きの台帳がコンピューター入力に切り替えた時に、多くのミスが生じたため、と言われている。社会保険庁職員の大多数が加入する自治労国費協議会がコンピューター化に強力に反対したため、スケヂュールがタイトになり、複数で確認するなどの作業ができなくなってしまった。さらに手書き台帳の破棄を社会保険庁が都道府県の年金担当者に命じていたことも問題を複雑にした。従って追求するとすれば、その責任は、社会保険庁そのものあるいは職員一人一人にある。自治労などの支援を受ける野党が「現政府の責任がある」と追求するのは全くナンセンスである。起こった問題にどう対応すべきか、それが重要だ。5000万件ものデータを1年で処理する、というのは無理にも聞こえる、証明の仕方の問題も残る、しかしそれで何かはやらねばなるまい。

第二は社会保険庁のあり方だ。
社会保険庁を解体し、年金業務を非公務員型の公法人に引き継ぐ政府提出の「社会保険庁改革関連法案」が成立した。新たに非公務員型の年金法人「日本年金機構」を設置し、厚生労働大臣の直接的な監督の下で一連の運営業務を行うこととなった。
あるサイトでは、現在の体制を形を替えて維持しようとするものではないか、と非難していた。確かにそのおそれは 十分にある。しかし少なくとも民主党の言う国税庁と社会保険庁を一体化し、職員の公務員としての立場は変わらない、とするやり方よりはまし。

社会保険庁の一般説明用ウエブサイトでは
「年金制度は、社会全体の世代間扶養による社会保険方式を採用している。現役時に働いて得た収入から保険料を納めるという自助努力を行い、親世代の生活を支える義務を果たした者が、その貢献の度合いに応じて、子や孫の世代から年金を受け取る資格を得る」
この方式は自助と自立の精神を基本とするわが国のあり方にふさわしい、年金納付実績が記録されているから、権利として年金を主張できる、税財源と組み合わせたもっとも安定的な運用方法、先進国でも大体この方式をとっている、などと主張する。
野党の主張する税方式について、一定の年齢が来たら、個々人の保険料拠出と連動することなく、国が生活の基礎費用を一律に支給する方式がわが国のあり方と整合的か、受給時の権利性が乏しく、少子高齢化が進むと給与水準のカット、受給対象者の絞込みなどにつながらないか、などと疑問を投げかけている。

第三は年金システムそのものの考え方の問題だ。
今回の日本年金機構設立の趣旨では「公的年金制度は、全国民の加入を前提に、世代間扶養と所得再配分を行う仕組み」との考え方を崩しておらず、根本的に変更する議論はまだ封印されている。しかし私個人としてはそもそも世代間扶養による社会保険方式という考えが今の時代にあわないのではないか、と感じる。
個人の物は個人のもの、自分が積み立てたものが全額自分に戻ってくるようにしてほしい。
政府が上乗せして出す分は、確かに社会保険庁の言うように景気や税収によって変わるかもしれない。それなら年金を「自己積み立て分」と「政府出資分」に分けてしめすようにすればいいではないか。

註 ご意見をお待ちしています。
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