夏近く草花の美しい季節。あじさいがそろそろ終わりを向かえ、むくげが咲き始めた。しかし我が家の庭には忘れてならぬもうひとつの花。そう、くちなしである。一度枯れかけたくちなしだが、背は伸びぬものの、無数の花を咲き誇っている。くちなしについて何か書こうと思ったが、昔書いたことがあったので、それをそのまま引用する。
「クチナシづくし」(2004年6月17日(木曜日、晴れ))
驚いた。まさか今年は咲くまい、と思っていたクチナシが白い花を咲かせた。
「よく頑張ったなあ。」と声をかけたくなった。2年半前になるだろうか。父が亡くなり、母屋を壊しアパートを建てることになった。そこで庭にあったツツジなどを植え替えた。クチナシもその一つで新しい私道の横に植え替えた。ところがどうもうまく根付かないらしくどんどん元気がなくなっていった。
すると2ヶ月くらいたってやってきた植木屋は「枯れてしまったら自分の責任!」と考えたのか、少しばかりの幹を残して全部切ってしまった。葉は根元の辺りに小さなものが2,3枚ついているだけになってしまった。「何と哀れな格好になったもの。」とあきれたものである。しばらく、クチナシは生きるか死ぬか必死に戦っているように見えた。しかし冬を越し春が来ると、葉が少し増えてきた。小枝も少し出てきた。それでも去年は丸刈りにされた女囚の髪がシャバにでて少し生えてきた、くらいだった。それが今年は大分増えた。「この分なら来年は花をつけるかも知れぬ。」と思っていた矢先だった。
クチナシはアカネ科クチナシ属である。常緑低木。アカネ科の樹木は熱帯、亜熱帯に分布し、世界に380属、約4600種が知られている。コーヒーノキをはじめとして飲料、薬用、染料、観賞用など有用なものが多い。クチナシには園芸品種で大輪八重咲きのオオヤエクチナシと中国原産のコクチナシがある。我が家のものは花がちいさいからコクチナシか、それとも前者だが栄養が行き渡らぬからなのか、八重の小さな花を咲かせる。一重はあまり見かけぬが、家紋にデザインされたものもあり、花びらが6枚だそうだ。
秋に赤褐色の実をつけるものがある。つけぬのが雄、つけるのが雌なのかも知れぬ。
クチナシという変わった名前はこの実が熟しても果皮が裂けないところから「クチナシ(口無し)」となったというのが一般的な説。しかしアケビ、栗、豆類などをのぞけばほとんどが実が、熟しても裂けるわけではないから、どうもこじつけらしい。
よくサツマイモやクリキントンを黄色くきれいに煮るためにこの実をいれたりする。コクシンという色素が含まれているのだそうだ。黄色く染めるから、衣類の染料として用いられた。古典をひもとくと
「御寮にあるくちなしの御衣(おほんぞ)」(源氏物語・玉蔓)」
「なかなる衣(きぬ)ども、例のくちなしの濃き薄き」(紫式部日記)
この果実は、ほかに生薬の山梔子(さんしし)として知られており、吐血、利尿剤などに用いられる。
色のことばかり書いたけれど「クチナシの花は香りが強いのも特徴の一つ。梅雨の合間、香りを辿ってゆきながら、この白い花をみつけて・・・・・」などとウエッブサイトにある。私は若いころから鼻の感覚が悪いことで人後に落ちぬ。たった一輪咲いた花に鼻をちかづけてクンクンするのだけれど、どうもよく分からない。
ところでエッセイを書くときになかなか書く事が思い浮かばぬ事がある。今日もその伝。植え替えたクチナシに感動したことは事実だが、後は何を書くか思い浮かばぬ。そこでウエッブサイトや広辞苑やら植物図鑑やら古語辞典やらを引用した。それでも映画「旅路」の最後にクチナシのデザインがあり、西洋でも愛されている、などという話はやめにした。クチナシ酒なんていうのもあった。花びらを漬け込んだらしいがどうでもいいや。お葬式にクチナシがつき物、というサイトはちょっと興味を引いたけれど、後のほうに「死人にクチナシ」と書いてあったから悪い冗談?
最後に「今では指輪もまわるほど やせてやつれたおまえのうわさ くちなしの花の、花のかおりが 旅路の果てまでついてくる・・・・・」渡哲也・・・・いいですねえ。映画の主題歌らしい。しかしどんな映画か、見たことはない。
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