また今年も七夕である。曇り空で、天の川も織姫も彦星も見る事が出来ない。
町のところどころに竹飾り。あの短冊には願い事を書くのだそうだ。
願い事は、神様がかなえてくれると言う考えと、自分で達成すると言う考えがあると思う。
実際には前者はありえない。ただ、後者に向けて努力しているうちに神様も助ける、ということだろう。天佑神助!試験で100点をとれますように、**子ちゃんと結婚できますように、等々いろいろ。
ところで短冊に願い事を書け、と突然言われると、私の願い事はなんであったっけ、と迷う人が多いのではないか。その結果が、上述の二つの例のように、いい加減なことを書いてしまわないか。普段から願う事があるなら、一番大事なのはそれを忘れないことと思う。思い続け、実現に向けて努力し続けることではないか。
子供たちのために平和な繁栄した世の中の実現を願う。およそ普通の考えを持った日本人なら誰もが願うことだろう。しかしその実現の道筋は人によって随分違う。
そのために戦争は絶対にしてはいけない。だから軍隊を持ってはいけない。憲法9条を何が何でも守らなければならない。
別の考えの人は、そうはいっても周りの国は軍隊を強くしている。平和のためと言っているけれど、何時日本にせめて来るかもしれない。核攻撃もないとはいえない。平和が大事と言いながら、アメリカもソ連も中国も軍隊を捨てるわけでも核の放棄を宣言していないではないか。自衛隊は軍隊だ。国を守るために軍隊が必要だ。それをはっきりさせるために憲法9条の改正が必要だ。
すると前者はいう。それは冷戦時代の考えだ。軍隊があるからアメリカに従って遠く地球の裏まで行かなければならない。何もアメリカにそんなに義理立てすることはない。
後者は反論する。アメリカが日本をどこまで守ってくれるか分からない。それでも日本はアメリカに守ってもらい代償としてある程度の協力はせざるを得ない。それがいやなら日本は軍隊も場合によっては核も持つ覚悟で自分自身を守る必要がある。
そんなことを言うから世界平和は実現しない。
国が滅ぼされてから君たちに見通しが誤っていた、などといわれても取り返しがつかない・・・・・・。
議論はえんえん続く。ただ最後に相手も自分と同じ目的で考えている、と言うことを忘れてはならぬ。同じ日本国民だもの。それを忘れて自分だけが正しいと信じたとき、国に内紛が起こり、結果は悲惨なものになる。
各人に必要なのは、自分の意見をもつ、相手の意見を聞く、つき合わせて考える、その上で自分の意見も修正してゆく、そういう柔軟な姿勢なのだ、と思う。安倍内閣が大きな失敗はしていない、と先日書いた。しかしあえてあるとするならば、野党の意見を余り聞かなかった、と言うことなのだろう。ただそこにはあげ足取りに終始し、建設的な意見を中々述べない野党にも問題はあるのだけれど・・・・・。
真に国民合意のできた願い事だけでいいから、大きな短冊に書いて竹に飾りたいものである。そしてそれを実現するためにどうすればいいのか、国民みんなで真摯に考え続ければいつか望みの国が実現できはしまいか。
註 ご意見をお待ちしています。
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読者からつぎのようなメールをいただきました。
今、小生に願い事を書けといわれたら、間違いなく
「死ぬときはポックリ」と書きたい。
「花の下で春死にたい」といった人もいるが、人間一度は死ぬ。
いくたの友人縁者の死に様をみると、今後どうなるのかな
と考え込むことがある。
家の宗派とはちがうが、一度斑鳩の里の吉田寺(きちでんじ)にぜひおまいり
したいと思っているが、まだ果たしていない。
もたもたしていてはいけないのだが。
http://www.jodo.jp/30-047/