高等学校の同期会が開かれた。生徒が400人いた。すでに物故者が40人。みんなで黙祷をささげた。出席者が約120人。みんな閑になったのかよくでてくるものだ。
高校時代からもう50年になる。半世紀である。その間にそれぞれに、いろんなドラマが起こったに違いない。苦しみが、喜びがあったに違いない。それらがいろいろ重なり合って今の自分の世界が出来上がっている。しかしお互いが見せ合うのはその結果であり、表面である。悩みや考え方の本質など話すべくもない。
右隣の女性は私と中学校が同期である。何十年ぶりかで会うのだけれど、随分たくましくなったなあ、と感じた。生物の先生だったが、今はNGO活動でもしているのだろうか。「幸い私は一人身だが、生活にある程度の余裕はある。」と言うような話をしたところ「お金を子供に残したって仕方がないじゃない。世の中のために使いなさいよ。」といい、アフガンで井戸を一本掘るのに20万くらい、私の友達がそれをやっている、などと話していた。そういうものかな、と思う一方、自分にとって子たちとアフガンの難民がどちらが大切なのか、私の財産と言っても親から受け継いだものが大きい、などと考えた。
左隣の男はある大手の建設会社に勤めていたが、今は退職し、独立している。山に登る会があるから君も参加しないか、と言ったところ、好きでもないのにアルプスに登った、といっていた。山の上にあるトイレの汚物を処理するシステムに取り組んでいるらしい。面白いことをやっていると思った。しかし奥さんが病気で炊事、洗濯を一人でやっているという話を聞いたとき、彼は私以上に大変なのだろうな、と思った。
面白い話だったけれども、どちらも会話遊びとして私の前を通り過ぎて行った。
高等学校時代の写真をかき集めてスライドにしたものが映し出された。ひよっ子だったころの私が、フォークダンスに興じている。懐かしい、といえば懐かしい写真である。ただ我々はもう感傷にひたったところで何もならない、ということをよく知っている。
我々の同期はなかなか活動が盛んである。歩く会、合唱の会、囲碁の会、ただ集まって飲む会、つりの会、山の会・・・・それらが一つ一つ紹介された。なかなか歳をとって新しい仲間を作るのは大変である。少なくとも高等学校が一緒と言うことは、良いきっかけになりこのように盛況になるようだ。
表面だけの一時の接触である。しかしそれでもひどくうれしい。歳をとって一番寂しいことは、同年代の話し相手がいなくなり、世界がせまくなることだ。父は88歳で亡くなったが、晩年絵画を描き、ステレオで音楽を聴き優雅な毎日を過ごしていた。しかし死後見つけた日記には「息子は今日もテニスに行ってしまった。なぜあんなものが面白いんだ。」と言うような事が書いてあった。息子、つまり私は父と同じ敷地内に一人で住んでいたのである。なくなってから父の同期の人から電話がかかってきた。「そうでしたか。頑張っておられたのに・・・。私たちの同期はもう4人しか残っていないんですよ。」と言っていた。それを聞いて父の寂しさが理解できたような気がした。
今日は何となく楽しくなり、その後のクラス会にも出席した。大して飲むこともなかったのだが随分酔った感じがした。
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読者から次のメールをいただきました。
同期くらいの年代層と集まり雑談するのは楽しいですね。でも皆病気持ちですね。
「貴様と俺とは動悸の仲間、-----どうせ散るなら貴様が先だ。」
てな具合ですね。なんでも言い合える仲間は良いですね。